約 4,593,567 件
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/333.html
155 :ぽけもん 黒 吉野町と解氷 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/06/13(金) 12 37 52 ID uiNhgbuT 吉野町に着くと、そのまま町役場へ行き、すぐにポポとのパートナー契約の書類を作って申請した。 ポポは今まで野生だったため住民票が存在せず、そのために若干手続きに手間取ってしまったが、一応つつがなく契約を終えた。 その後は、もうほとんど日が暮れていたこともあり、ポケモンセンターに向かうことにした。 その途中。 通りの左前方に、たくさんの服が陳列されている建物が目に入った。確認するまでもない、服屋だ。 それでようやく思い出した。 ポポ服着てねえ。 危なかった。ここ数日でそれがナチュラルだったもんだからすっかり慣らされていた。 役場の受付の人がやたら不審な目でこっちを見てくると思ったらそういうわけか。 まあ羽毛で素肌はほとんど見えないから問題ないって言ったら問題ないんだけど、気分的なものもあるし。 というわけで、香草さんに頼んでみることにした。 「あのー、香草さん?」 「……なによ」 振り向いた香草さんの顔は夕日で紅に染まっていて、思わずドキッとしてしまう。 それを表面に出さないように押し込んでから、口を開く。 「ポポって服着てないよね」 「うん」 「だからさ、服買ってきて欲しいんだよね」 ほぼ無表情だ。それは拒絶のようにも取れる。 「……予算は?」 一応聞いてみるだけ、という口調で香草さんが聞いてきた。 「に……二千円以内で」 「二千円!? 少ないわよ!」 「だってしょうがないだろ、食料とか道具とか補充しないといけないし。それに、田舎なんだからリーズナブルなものもあるはずだし」 「道具って?」 そういえば、早急に補給する必要のある道具ってあったっけ……? いや、たとえなくてもお金は大事だよ。 「ね、眠り粉とか」 苦し紛れに、つい先日使い切ってしまった眠り粉を挙げてみる。 「いらないわよそんなの」 もちろん一蹴された。まあしょうがない。僕もどうしても今補給しなきゃならないと思っているわけでもないし。 「いるって! アレなければ死人が出てたかもしれなかったんだから」 しかし、一応必要性を強調しておく。これに関しては香草さんも負い目があることだろうし。 「大体アンタは消極的過ぎんのよ! 何で何よりも逃げること優先なのよ!」 う、痛いところを突かれた。確かに、僕は基本的に臆病だ。だから何よりも逃げることを優先して物事を考えてしまう。 「死んだら元も子もないからに決まってんだろ!」 気にしていることを言われたことで、思わず語気が荒くなる。 「ケンカはやめるです! ポポは服いらないです!」 僕達を見かねたのか、ポポが僕らの間に割って入った。 「いや、そうもいかない」 「そうよ、いるに決まってるじゃない」 「なんでです?」 沈黙。なんでって言われても……。 「も、モラル的な問題かな」 「モラルって何です?」 「こう……なんというか、とにかくダメなんだよ」 その後も服屋の前でもめ続けること数分。なんとか香草さんに折れてもらった。 そして待つこと数分。香草さんがビニール袋を提げて店から出てきた。 早速中を見れば、黒のワンピースが一着に、女児用のパンツが二枚。 僕は可愛らしいパンツを見た瞬間、思考と行動が停止した。そして香草さんに目潰しを喰らった。 「ギャー!」 「何女の子の服をチェックしてんのよ、この変態!」 至って正論だ。でも、これはなんというか、不可抗力というか。 袋を受け取ると、僕は激しく瞬きを繰り返しながら歩き出した。痛いが目は無事らしい。 ほどなくして、ポケモンセンターに到着した。 ポケモンセンターはポケモントレーナーとそのパートナーに対して無償で寝床と風呂、そして食事を保障している施設のことだ。まさに僕達旅のトレーナーとポケモンの味方だ。 156 :ぽけもん 黒 吉野町と解氷 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/06/13(金) 12 38 15 ID uiNhgbuT 久々にまともな寝床と食事にありつける。施設に踏み入った僕は、それだけで少し浮かれていた。 ジョーイさんに簡単な施設利用の説明を受けると、そのまま与えられた個室に移動した。 与えられた部屋は二段ベッドが二つあり、それだけでほとんどのスペースが埋まってしまっているくらいの小さな部屋だ。 でも、久々の布団だ。文句はない。 荷物を置くと、すぐに浴場へ向かった。 浴場は当然ながら男女に分かれている。 「じゃあ、ここで。香草さん、悪いんだけどポポのことお願い。今まで風呂に入る、なんて習慣無かっただろうし」 まあ思ったとおり、香草さんは思いっきり顔をしかめている。 「……なんで私がそんなことを」 「香草さんしか頼れる人がいないんだよ。このとおり!」 そう言って頭を深々と下げた。 チラ、と上目遣いで顔を覗き込めば、相変わらずの渋い表情だ。 「……しょうがないわね」 しかし渋々という感じながらも承諾してくれた。 「ホントに!? ありがとう! じゃあよろしくね。ポポ、ちゃんと香草さんの言うことを聞くんだぞ」 「はーいです!」 元気よく返事するポポに、今日買った黒のワンピースと、下着を持たせた。タオルや体を洗うものは備え付けになっているとのことだ。 脱衣所で服を脱いで、浴場の扉を開くと、そこには銭湯のような光景が広がっていた。 先客も数人。皆同じ年頃だ。よく見れば、出発前に見たような、見なかったような顔もある。 簡単に体を流すと、すぐに浴槽に入った。 暖かなお湯が、疲労と怪我の溜まった体を優しく包み込む。 ああ、なんという至福……。 筋肉痛で痛む全身を優しく癒してくれるようだ。 つい目を閉じ、ぼーっとしてしまう。 「コラッ! ちゃんと体洗いなさい!」 「目が染みるです! いやです!」 そこそこに厚いはずの浴室の壁の向こうから聞こえてきた大声で、僕の穏やかな時間は強制終了した。 その後もドタバタという音と黄色い声が断続的に聞こえてくる。 「ダメよ! ちゃんと体洗いなさい!」 「ひゃ! くすぐったいですー」 「暴れないの……きゃ! 何するのよ!」 「お返しですー!」 「く、くすぐったわよ! あっ……」 だんだんこちら側にいる野郎共が前かがみになってきているぞ、オイ。 僕も、前かがみになる前に出よう。 煩悩を鎮めるためと、彼女達との今後の旅を憂う、二重の意味でのため息を吐いて、僕は風呂から上がった。 さっさと体を拭き、さっさと着替え、さっさと備え付けの洗濯機を回し、さっさと部屋へ戻った。どう考えてもあの場に留まることは得策ではない。 部屋に戻った僕は、そのままベッドに仰向けにダイブした。 スプリングが硬めで、少し痛かった。 それでも、地面とは雲泥の差で、快適なのは言うまでも無い。 数日間野宿をしただけで、これほどまでに快適に感じるとは。 このまま眠ってしまいたい。でも夕食は食べたい。それに洗濯物も回収しなきゃ。 そう思っていても、意識は意思とは無関係にどんどんと沈んでいく。 あっという間に僕は心地よいまどろみに呑まれ。 「ゴールドー!」 そのまどろみはドタバタという激しい足音と、バターンという勢いよく扉を開く音と、そして腹部に与えられた衝撃で霧散させられた。代わりに失神という形で意識を失いそうになったけど。 「ど、どうしたんだよ」 僕は激しく咳き込みながら起き上がり、ポポを腹の上から下ろした。最近の僕の腹部にかかる衝撃は明らかに過剰である。 「すごいですー! スースーするですー! 水浴びと違うですー!」 トコトコと静かな足音が部屋に入ってきた。 「石鹸使ったからね、当然よ」 ああそうか、そりゃあ自然界には石鹸なんてないもんなあ。ポポは今まで味わったことの無い感覚にすっかり興奮しているというわけか。ならしょうがない。僕の腹部の痛みもしょうがない。しょうがない……。 「よ、よかったね」 僕は腹部の痛みで引きつる頬をなんとか誤魔化す。 「どうしたの?」 誤魔化しきれてなかったのだろう、香草さんに不思議そうに尋ねられた。 僕は、なんでもないよ、と誤魔化した。 157 :ぽけもん 黒 吉野町と解氷 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/06/13(金) 12 38 58 ID uiNhgbuT 香草さんは納得していないようだったが、それ以上尋ねてくることは無かった。 僕が興奮してはしゃいでいるポポを適当になだめたり相槌を打ったりしていると、食事の時間が来た。腹痛も大分治まってきたことだし、夕食を食べに食堂へ向かうことにした。 食事はポケモンの種族のことを考えてか、野菜オンリーのAコース、野菜肉魚なんでもありのBコース、肉類のみのCコースの三コースに分かれていた。 僕はBコースに、それプラス御飯と味噌汁で定食化する。久々のちゃんとした食事に胸が躍る。考えただけでよだれが出てきた。 ポポと香草さんも僕とまったく同じものを頼んだ。……香草さんはともかく、ポポは箸を使えるんだろうか。 配膳に並んでBコースのおかずを受け取る。肉野菜炒めに鯖の味噌煮のようだ。ああ、なんという真っ当な食事。なんか感動してきた。 僕に続いて、香草さんが受け取り、さらにポポが両の翼で抱えるようにして受け取った。……あれぇ? 冷静に考えたら箸どころの問題じゃないような。そもそもポポには手が無いんだから。 空いているテーブルを見つけ、僕とポポは座った。香草さんはというと、僕達から離れたテーブルに一人で座った。うーん、少しは仲がマシになったと思ったんだけど、中々道は険しいな。 「いただきます」 両手をあわせると、僕は料理に手をつけた。まずは鯖の味噌煮から。 うん、口の中でとろけるようなよく油の乗った鯖に、甘辛い味噌がよくあって……うまい! と、僕が至福に浸っていると、ポポが泣き出しそうな顔で料理と箸と僕とを交互に見ていた。 可愛いからこのまま少しほうって置こうかな、なんて少し意地悪な思考が頭をよぎったが、そんな思考に従うことなく、ポポに声をかけた。 「どれから食べたい?」 ポポは僅かな逡巡の後、鯖の味噌煮を指差した――いや、指じゃなくて翼だから、翼指したとかになるのだろうか。 僕は箸で適当な大きさに鯖の味噌煮を割ると、そのままポポの口に運んであげる。 「はい、あーん」 「あーん…………おいしーです!」 ポポの顔がパアッと明るくなった。うん、やっぱりポポはニコニコしてるのが一番似合うな。なんだかこっちまで和やかな気持ちになってくる。 そんな調子だから食事にいつもの倍以上の時間がかかってしまった。 食事を終えた後、食堂を後にしようと食堂の出入り口へ向かうと、扉の陰から緑の葉っぱが覗いて見えた。 食堂を出ると、そこには不機嫌そうに両腕を組んだ香草さんが立っていた。 僕達が食べ終わるのを待ってくれていたのだろうか。 「ご、ごめん、遅くなっちゃって」 「……いいわよ、別に」 ……いいわよ、と言っている割には、その口調も不機嫌そのもので、まったくいいという感じがしない。 微妙に気まずい空気のまま、三人で部屋に戻った。 そして沈黙。僕は、とか何を言ったらいいのか分からず、あー、とか、えっと、とかしか言えないが故に。ポポはそんな必死な僕と不機嫌そうな香草さんの顔を不安そうに交互に見ているが故に。そして香草さんは……多分話したくないが故に。そういうわけでの沈黙。 「あ! そうだ! もう洗濯と乾燥終わっただろうから、服とってくるよ!」 逃げではない。ちょうど今思い出したんだ。……うん。 「……じゃあ私も取りに行くわ」 ……ほら、逃げではなくなった。 「ポ、ポポもついていくです」 そういうわけで、僕達はまた三人で部屋を出た。 そして無言。沈黙は長引けば長引くほどその痛さを増していく。 「ご、ごめんね」 「……どうして謝るのよ?」 「い、いや、香草さんを怒らせちゃったかなー……なんて」 「……別に怒ってなんか無いわよ」 「……そ、そう」 本当に怒ってないなら、もう少し普通に話して欲しいものだ。……怒ってるんだろうけどさ。 浴場と部屋との往復の間に交わした言葉はそれだけである。 さて、部屋に戻ったわけだが。 することがない。 158 :ぽけもん 黒 吉野町と解氷 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/06/13(金) 12 39 44 ID uiNhgbuT することが無いなら、することは一つだ。 「よし、寝よう。じゃあ僕はここで寝るね」 そう言って、左の二段ベッドの上に上がり、毛布に包まった。 それに続くように、ベッドの梯子を上る音が聞こえた。 そして、その音を発していた物体はそのまま僕の隣で停止した。 「ぽ、ポポ?」 「どうしたです?」 「い、いや、ベッドは四つあるのに、わざわざ僕と一緒に寝なくても」 「……ここがいいです。……だめです?」 ポポは僕が包まっている毛布に半分包まり、潤んだ瞳で僕を見つめながらそう言った。 しかし同時に香草さんの、僕を非難するような鋭い瞳で見つめられているのもひしひしと感じる。 ……ぼ、僕は……僕は! 叫び声を上げながら逃げ出したいという衝動を何とか押さえ、笑顔を作って言った。 「いや、ポポがそうしたいっていうんなら、いいよ」 不安気だったポポの顔がほころんだ。そして一層僕に密着してくる。 香草さんは……見えないのでよく分からないが、多分しばらく僕に対して軽蔑の目を向けた後、音からして右の下段のベッド――つまり僕達のベッドから一番遠いベッドだ――に入って、そのまま蔓の鞭を伸ばして電気を消した。 僕はいろんな意味で眠れなくなりそうなので、できるだけ何も考えないようにしていた。 だが寝れない。隣のポポはすぐにすやすやと安らかな寝息を立てているというのに。 それから、どれくらい経ったのだろう。 「ねえ、起きてる?」 香草さんが、話しかけてきた。 「起きてるよ、どうしたの?」 僕は動揺しつつも、大きな声を出さないように注意しながら答えた。 「……どうしてあの子ばかり大切にするの?」 か細く、弱弱しい声。 「……あの子? もしかしてポポのこと?」 「そうよ」 僕がポポばかり大切にしている? そうなのだろうか。確かに大切にしてはいるだろうけど、だからといって香草さんをぞんざいに扱っているつもりはなかったんだけど……。 「そんな、特にそんなつもりは……というか香草さん、あの子、はないんじゃないか? ちゃんとポポっていう名前があるんだし」 「鳥の名前なんてどうでもいいじゃない」 険のある声が返ってきた。嫌悪の念。よく分からないが、そういうものが滲んでいるように感じられる。 「良くないよ。それに、鳥だとかいうのも良くない……と思うよ」 「な、なによ! そんなにあの子が大事なの?」 冷静だった語気が荒くなった。でもこれは怒っているというより取り乱している、というほうが正しいような感じだ。そんなにまずいことを言っただろうか? 僕は普通のことしか言ってないと思うんだけど……。 「大事といえば大事だよ。長旅のパートナーになるんだし」 「それなら私だってそうじゃない!」 「え……マジで?」 「なによそのリアクション……私と一緒にいたくないってこと? だからあの子……ポポのことばかり」 まずい! 香草さんの声色は今にも泣き出さんばかりな感じだ。いくら驚いたからって、マジで? はないだろ僕! 最低だろ! 「い、いやいやいや、そんなことはないよ! ただ、香草さんは……その……」 「……その?」 どうする? ここで僕の本心を言ってしまっていいものだろうか。しかし、それ以外にこの場をなんとかできるようなものは考え付かないし……。ええい! どうせダメなら同じことだ! 「その……石英高原で殿堂入りするまで一緒に旅する気は無いんじゃないか、って思ったから」 「……私、そんなこと言った?」 泣き出しはしなかったものの、まだ声は潤んでいる。 「い、言ってないよ! でも、その、態度とか、そういうのから、その……」 「私は絶対に殿堂入りするわ。それで、『私の種族こそ最強!』ってことを、草ポケモンは弱いって言っている世間に知らしめるのよ」 思わぬ独白。まさか彼女がこんなことを考えていたなんて。 「そう……なんだ」 「……ごめんなさい」 「え!?」 「私……そんな誤解されるような態度とってたなんて思わなかった。私、自分の種族以外の人とまともに話したこと無くて、それで、人付き合いとか、そういうの、どうしたらいいか分からなくて」 159 :ぽけもん 黒 吉野町と解氷 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/06/13(金) 12 40 50 ID uiNhgbuT 不安そうな声で僕にそう告白した。 ああ、なんだ。 僕は馬鹿だ。 勝手に思い込んで。勝手に決め付けて。 彼女はただ、自分の種族に誇りを持っている、ちょっと不器用なだけの女の子だったんじゃないか。 小手先だけの、額面上だけの知識を身につけて、色々あらぬ想像巡らせて。 そんなので賢しいつもりになっていた。 ……実際は、ただの自信過剰で、無駄に妄想力豊かなだけの、最低なガキじゃないか。 こんなんじゃ、ポケモンの研究に携わるなんて夢のまた夢だ。 「僕のほうこそ、ごめん。勝手に香草さんのことを決め付けて」 「いいわよ。私が悪かったんだから」 もうその声はいつもの彼女のものに戻っている。 「じゃ、じゃあ、悪かったついでに、一つお願いしても……いいかな?」 「何?」 「色々あるし、あったんだと思うけどさ、せめてこの旅の間だけは、種族による差別とか、そういうの、やめようよ。……難しいってことは分かってるけどさ、それでも……」 「…………頑張る」 「え?」 「私、できるだけ頑張るわ」 静かな、しかし凛とした声で彼女は答えてくれた。 香草さんは、それきり黙ってしまった。 「ありがとう!」 僕も気が楽になったのもあって、それからすぐに眠りに落ちてしまったから、本当は何か言っていたのかもしれないが。 「……ねえゴールド? 私、人間もそんなに悪くないかな、って思えてきたの。きっと、ゴールドのお陰かな。……ゴールド? 寝ちゃったの? ……ふふ、まったく、やっぱりダメね、ゴールドは」
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/860.html
180 :溶けない雪 [sage] :2007/09/27(木) 17 37 24 ID jbjk43y6 「どうして私じゃ駄目なの?ねぇ、何で?どうして?教えてよ・・・・・・・・」 今僕の前に一人の女性がいる 夕方の学校の屋上で、目の前の女性は泣いていた。 いや、僕が泣かしたと言った方がいいだろう。 普通なら男が女を泣かせば大概は男は世間的に最低野郎になるのが普通。 しかし、今の状況の場合では違う 確かに僕が彼女を泣かせたのは事実だろう。でも僕は仕方ないと思う。 彼女に告白され、そして振ったのだから 1 彼女と初めて会った時は僕こと坂田 健二がめでたく高校に入学し、一年間自らの教室になる部屋に足を踏み入れた時だった。 教室に足を踏み入れた時、一人の女子に目がいった 彼女は窓際の席に座っていた。 この教室に在籍している生徒は37人、そのうちの20人が女子という事になっている。 なので、別に教室に入った瞬間に女子に目がいったとしても別に女子の方が人数が多いから別によくある事だし、別段大した事もなしに直ぐに視線を外すのが普通だろう。 それがなんとなしに目が入っただけという理由ならば 教室に足を踏み入れた時には彼女を含めて、14、5人程が視界に入った。 だが、彼女はその14、5人の一人に過ぎないのに即座に彼女に目がいった。 何故そうなったのかは、頭が彼女に目がいったと認識してから分かった 白、なのだ 肌もそうだが、視界に入る人間の事を忘れさせる程の美しく、長くて白い髪、それが彼女に目がいった理由なのだ。 まるで雪で作られたかのような純粋なる白き髪 正直、こんな何のへんてつもない場所に居るのは場違いだと思ったりした そんな彼女に目が行って見つめる事数秒、 「よう健二、お前も同じクラスだったんだな、 まぁなにはともあれ・・・・・って何で入り口でつったってんだ?」 そう言いながら一人の男子が僕に近づいてきた。 はっと我に帰り、その一年前からの友人である雲海 良平に返事をした 「いや、なんでもないよ。少しボーッとしちゃってさ、まぁまたよろしくたのむわ」 そう言いながら黒板に書いてある席順を見て、 自分の席にとりあえず鞄を置く事にした。 よく考えれば初めて見るような人をまじまじと見つめるのはどうかという事に気付いて、 少し自己嫌悪に陥ったりした。 181 :溶けない雪 [sage] :2007/09/27(木) 17 37 56 ID jbjk43y6 さて、自分の席について2つ気付いた事がある。 まずは先ほど見つめてしまっていた女子が自分の席の左斜め上に座っている事、 そしてもう一つは、彼女の周りに人が居ないという事だった。 教室を見ると、入学したばかりという事もあり、皆は新しい友達作りに励んでいた。 いわばこの最初の友達作りをいかに上手くいくかによって、 これからの学校生活が左右されると言っても過言ではない。 そのため、 ほぼクラスの全員が教室のところどころに数人で集まって話ている。 だが彼女はその「ほぼ」に当てはまらなかった。 いや、彼女だけがと言うべきか 一人で何をするでもなく、 彼女は窓の方をどこか退屈そうに見ていた。 恐らく何もする事がないから空でも見てるのだろう。 改めて彼女を見ると髪だけじゃなく、 整った顔立ち、 落ち着いた雰囲気をもち、 瞳の色は、 白の髪に対して黒であった。 彼女について感想を言うなら恐らく100人中100人がこう言うだろう。 美人と、 彼女は美人だからこそ何で周りに誰も居ないのかが気になった。 こんなに美人なら普通は彼女から声を掛けなくても、 美人だねとでも言いながら声を掛けられるものだと思う。 でも、逆に美人すぎるからこそ声を掛けずらいというのもあるのかもしれない。 それでも彼女から声を掛ければ直ぐに打ち解けられる様に思える。 182 :溶けない雪 [sage] :2007/09/27(木) 17 38 43 ID jbjk43y6 ここまで考えて、 はた、と気付いた、自分が声を掛ければいいじゃないかと。 別に友達になれないにしてもこんな美人と話して損をするなんて事はあり得ないだろう。 丁度これから黒板横で輪を作ってる雲海のところに向かうので、 ついでに声を掛けるのもいいだろう。 僕は席を立ち、窓の方に向いている彼女の後ろから 「綺麗な髪だな、こんなに綺麗な髪は初めて見たよ」 と、言ったが後悔した。 いきなり挨拶もなしに、 背後から声を掛けて驚かない方がおかしい。 何より自分に言われてると気付かないで、 こっちに振り向かなかったらかなり虚しいじゃないかと、 しかしそんな考えは杞憂に終わり、 彼女はややあっけに取られていたが、こちらを向いてくれた。 「そう、ありがとう そんな事言われたのは初めてだよ」 ん?初めてだったのか・・・・・・・・・ 案外皆言わないものなのかな? 「そうなの?あまりの美しさに見惚れた位だよ」 思い返すとかなり恥ずかしい台詞だ 「あなたは冗談が上手いんですね」 しかし幸いな事に彼女は笑いながら流してくれた。 正直ありがたい。 「君は女子の方に声を掛けないの?かなりお節介だと思うけどさ」 そう言うと彼女は一瞬視線を自分の足元にやったあと 「声掛けたいけたいんだけどさ、 私って髪の色が普通じゃないじゃない? だから声掛けるのが正直な話恐いんだよね。 君みたいに掛けてくるならそういう心配しなくてもいいんだろうけどさ」 なるほど、確かにそうだろう。 僕の場合は幸いにも友人が居るため、 そんな心配はいらないだろう しかし、もし友人が居なかったと仮定するなら、 彼女程ではないにしろ声を掛けるのが恐く感じただろう。 たとえそれが美点になるとしても、 他の人とは違うという点を持っている彼女はさらに恐くなったりするのだろう。 「大丈夫だよ。 今日なんかは皆心をオープンにして友人を作ってるからね。 声を掛ければ大丈夫だから自信を持てばいいよ」 「・・・・・・・・・うん、そうだね。 ありがとう、頑張って声掛けてみるよ」 少し悩みながらも彼女はそう答えた。 性格も悪いみたいじゃなさそうだし、 きっと直ぐに友達が出来るだろう。 「じゃあ、頑張ってね」 そのままの流れで友人のとこに向かおうとして、 「あのさ、名前を聞いていいかな?」 まさか女子に名前を聞かれる日がくるとは・・・・・・ 「坂田 健二だよ、君の名前は?」 「私は水無月 雪梨」例え、この後、HRでの王道、 自己紹介で聞く事になるのだとしても、 こんなに綺麗な人と名前の交換が出来るなど、 充分幸先の良い始まりじゃないだろうか?
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1973.html
196 名前: 触雷! ◆ 0jC/tVr8LQ 2010/11/21(日) 00 40 03 ID IDuC1ZxQ0 「……という訳よ」 屋敷に戻った私は、一室に母とエメリア、ソフィを集め、詩宝さんからの電話について話した。 「お嬢様。長木に詩宝様を連れ出させたのは、堂上の差し金と見て、間違いありませんね」 「他に考えようがないわ」 エメリアの意見に、私は賛成した。 「あの3流プロレスラーが……詩宝様の友人面をして全く余計な真似を!」 額に青筋を立て、ソフィが憤る。その通りだ。 詩宝さんと私が結ばれるのは、誰にも変えようのない運命であって、これを邪魔立てするなど神に戦争を仕掛けるに等しい大罪である。 「あの男、どうやって地獄に叩き落としてやろうかしら……」 書斎にある、『世界一凄惨な拷問の教科書』の内容を思い出しながら考えていると、母が声をかけてきた。 「待ちなさい。舞華ちゃん」 「何を待てと言うの? お母様」 水を差された私は、いささか不機嫌になりながら母を振り返った。 「堂上なんて虫ケラ、後からどうにでもできるわ。それよりも、今は詩宝ちゃんを取り戻すことよ」 「……そうね」 私は反省した。堂上に血の制裁を加えることなど、詩宝さんを取り戻すのに比べたら、優先順位は下の下だ。 「もう一度、詩宝ちゃんに逢うことだわ。逢って5人できちんとお話しすれば、詩宝ちゃんだってきっと分かってくれるはずよ」 「ええ」 母の言葉に、私は頷いた。そのとき、エメリアが口を挟む。 「奥様の仰る通りではありますが……今の時点では、詩宝様と連絡を取る手段がありません。堂上の家に強行突入できないのは、あのメイドのときと一緒です」 「何か考えがあるの?」 私がエメリアに聞くと、彼女は頷いた。 「はい。まず詩宝様と堂上を引き離すことです」 「堂上を消しますか?」 エメリアの言葉に応えて、ソフィが言った。あたかも、“コーヒーでも飲みに行きましょうか?”と聞くような気軽さだ。 「いいえ。隠蔽工作が面倒臭いわ」 エメリアは反対する。私も、すぐに堂上を殺す気にはなれなかった。あのゴミ蟲には、うんと苦痛や絶望を味わわせ、死ぬ以上の辛さを与えてやりたい。 「警察を動かして、堂上を逮捕させるのがよいかと」 そう言って、エメリアは私達3人の顔を見回した。 「罪名は何でもいいのです。詩宝様をお連れするまでの間、一時的に拘束するだけですから」 「悪くないわね」 私は、賛同の意を表した。 「それじゃ、善は急げよ。早速やりましょう、舞華ちゃん」 「ええ、お母様。ソフィ、電話機を持ってきて」 「イエス、ボス」 やがて電話機が運ばれてくると、私は首相官邸の電話番号を押した。 197 名前: 触雷! ◆ 0jC/tVr8LQ 2010/11/21(日) 00 40 39 ID IDuC1ZxQ0 『はい。こちら首相かんて……』 「中一条舞華よ。総理を出しなさい」 『な、中一条様と言われますと、あの中一条グループの……?』 「そうよ。早くして。機密漏洩罪で逮捕してほしいのが1人いるわ。一刻の猶予もないの」 『あの、それが、総理は只今、明日の国会答弁の準備で……またお時間を改めていただけますでしょうか?』 「国会答弁って、“理解していませんでした”“心から謝罪します”“辞任しないことで責任を取ります”ってだけ言ってりゃいいんでしょ? 九官鳥でも出しときゃいいじゃないの」 『いや、さすがにそういうわけには……』 「いいからガタガタ言ってないで総理を出しなさいよ!」 『いえ、実は、総理は今、外遊の準備中で……何しろそれだけが楽しみの方ですので、どうか』 「さっきと言うことがブレてるじゃないの!」 『ブレたのではありません。これは進化です』 「税金泥棒! 死ね!」 話にならない。私は受話機を叩き付けた。 「お嬢様……」 「聞いての通りよ。使えないにも程があるわ」 「致し方ありません。時間がかかりますが、順当に痴漢の冤罪を着せましょう。何でしたら、そのまま少年院送りにすることもできます。お嬢様が堂上に痴漢されたと言えば、まず間違いなく警察は信じますから」 「そうするしかないかしらね……」 私がエメリアの意見に傾きかかったとき、母がまた発言した。 「ちょっと、発想を転換したらどうかしら?」 「発想の転換ってどういうこと? お母様」 「堂上じゃなくて、詩宝ちゃんを逮捕するのよ」 「お母様……詩宝さんは何の罪も犯していないわ。逮捕なんてできるはずがないじゃない」 「まあ、聞いてちょうだい。あのね……」 母の説明が終わったとき、私達は頷いていた。 「そういうことなら、分かったわ」 「素晴らしいです、奥様」 「それなら、確実に詩宝様を取り戻せますね」 「じゃあみんな、早速準備しましょう」 「ええ。やるわよ。エメリア!ソフィ! すぐ例の場所に行って、必要な機材を調達してきて! 屋敷の方の準備は、私がやっておくわ!」 「はい、お嬢様!」 「イエス、ボス!」 エメリアとソフィは、高揚した面持ちで慌ただしく部屋を出て行った。 もちろん私も安閑とはしていられない。2人の後に続いて部屋を飛び出す。 もう少しで、また詩宝さんに会える。 私が詩宝さんと離れたばっかりに、今の状態を招いてしまったが、ミスはもうすぐ取り返されるのだ。 198 名前: 触雷! ◆ 0jC/tVr8LQ 2010/11/21(日) 00 41 29 ID IDuC1ZxQ0 「あうう……」 晃と最初に交わってから、どれくらいの時間が経っただろうか。 最後の一滴まで晃に搾り取られた僕は、精根尽き果て、ホテルのベッドから起き上がることができなかった。 「はあ。気持ちよかった……」 ずっと僕に跨り、腰を振り続けていた晃は、まっすぐ前に体を倒し、僕に抱き付いてきた。 「うへへへへ……初めてなのに滅茶苦茶感じちゃったよ。あたしってば淫乱かも。ま、そうしたのは詩宝だけどね」 ムチュ…… 唇が触れ合う。晃はそのまま舌を突っ込んできた。 全く抵抗できない僕は、されるままに口の中を舐め回された。 「んんっ……んんんん……」 「…………」 気持ちよさで、だんだん気が遠くなってくる。失神寸前になったとき、ようやく晃の舌は僕の口から離れていった。 「ぷはあっ! 詩宝の唾液おいしい」 「…………」 「それじゃ、そろそろ成金豚も引き上げただろうし、帰ろっか」 「……?」 僕には、晃の言っていることの意味は分からなかったが、どちらにしろ体は動かない。 「す、少し休ませて……」 「もう、しょうがないなあ。それじゃ添い寝してあげるから、一緒に寝よ」 裸のまま、晃が抱き付いてくる。僕はそのまま眠りに落ちた。 しばらくして目が覚めると、いくらか気分がすっきりしていた。 「んっ……」 「大丈夫、詩宝?」 「じゃ、行こっか」 「うん……」 僕が頷くと、晃は服を着始めた。 馬鹿でっかい胸を隠すためのコルセットを締め、その上から学ランを羽織る。 僕ものろのろと動き出し、晃に剥ぎ取られた服を着ていった。 ホテルを出た僕と晃は、少し歩いて大通りに出た。そこでタクシーを拾い、晃の家に向かう。 「さあ。入って入って」 「お、お邪魔します……」 「ただいま、でしょ? 当分ここが詩宝の家になるんだから」 「た、ただいま……」 晃の言う通りにしてみたものの、違和感があるのは否めなかった。 「あの、晃……帰って早々だけど寝かせてもらっていいかな? 明日学校だし。あ……制服も鞄もないや!」 そのとき、僕は初めて、中一条家から何も持たずに出てきたことに気付いた。 このままでは学校に行けない。一度家に戻らないと…… しかし、晃は平然と言った。 「明日は学校、行かなくていいよ」 「え?」 「学校辞めるんだよ。あたしも、詩宝も」 「な、なんで……?」 「成金豚と一緒の高校なんか通ったってしょうがないじゃん。あたしは女として別の高校に入り直すから、詩宝も一緒に来る。いいね?」 「で、でもどうするの? プロレスの方は? 女の子だってばれちゃったら……」 「辞める。てかうちの団体、当分再起不能っぽいし」 「…………」 総日本プロレスで、一体何があったというのだろうか。 恐れおののくしかない僕は、あまりにも無力だった。 199 名前: 触雷! ◆ 0jC/tVr8LQ 2010/11/21(日) 00 42 15 ID IDuC1ZxQ0 「ようし、寝よ寝よ。あ、言っとくけど、睡眠取るって意味じゃないよ。せっかくだからもう一回戦……」 晃は口から涎を垂らしながら、僕を奥へ引っ張って行こうとした。 そのとき、玄関でインターホンが鳴らされる。 ピンポーン こんな時間に、誰だろう。もしかして、紅麗亜か先輩が、怒り狂って怒鳴り込んで来たんじゃ…… 僕は戦慄する。 「成金豚かも。あたしが出てくるから、詩宝は奥に隠れてて」 「あの、それなら、居留守使った方がいいんじゃ……?」 我ながらチキり過ぎだとは思うが、今先輩か紅麗亜と晃が出くわしたら、第3次世界大戦級の争いが勃発してもおかしくない。できればやり過ごしてほしい。 「大丈夫だよ。きっちり追い返してやるから。詩宝は奥で待ってて」 でも、あまりにも自身たっぷりに晃が言うので、僕はつい頷いてしまった。 「う、うん……」 僕は奥へ引っ込み、晃は玄関口へ向かって行った。 しばらく、静寂が続く。 そして、晃の大声で、突然それは破られた。 「ふざけんなあっ!!」 やっぱり来たのは先輩か紅麗亜だったのだろうか。 僕は口の中で、小さく「ひいっ」と悲鳴を漏らした。 そして、ドタドタと足音が聞こえる。 姿を現したのは、2人の大柄な女性警察官だった。制服を着て土足のままで、僕を見下ろしている。片方が僕に問いかけて来た。 「紬屋詩宝君ね?」 「そ、そうですけど……」 「あなたには、婦女暴行の容疑がかかっています。署までご同行ください」 もう1人がそう言って、僕の手にガチャリと手錠をかけた。 僕は顔から、血の気が引いて行くのが分かった。 怒り狂った先輩が、僕にレイプされたと被害届を出したに違いない。 薬を盛られたと主張したところで、政治家の公約ほども信用してもらえないだろう。 少年院行き決定だ。 「待て! 詩宝は無実だ! 証拠だってある!」 追い付いてきた晃が叫ぶが、2人の女性警察官は歯牙にもかけない。 「それなら、裁判で提出することね」 「あ、邪魔すると、公務執行妨害であなたも逮捕しますよ。フフフ……」 「くうっ……」 晃の方を見ると、彼女は僕がかつて見たことのない形相でキレていた。 だが、僕はどうすることもできず、ミニパトの後部座席に乗せられる。 片方の女性警察官が運転席に座り、もう片方が僕の隣に座った。 そしてミニパトは、夜の街を走り出す。 「あの……」 「静かにしていてください。お話は署で聞きますから」 「その警察署を、今通り過ぎちゃいましたけど……」 「そうみたいですね」 「…………」 平然と答える女性警察官。僕は疑心暗鬼になった。 先輩は、一体どこの警察署に被害届を出したんだ? 石垣島か? そのとき、運転していた女性警察官が言った。 「もう、いいんじゃないですか?」 「え?」 「そうね」 すると、僕の隣の女性警察官が、顔から肌色のものをべりべりと剥がし始めた。 あれだ。スパイ映画とかでよく出てくる、変装に使うやつだ。 やがて彼女は変装用のシールをはがし終わり、素顔を見せた。 「エメリアさん……」 「はい。あなたの第1愛人、エメリアです」 「じゃあ、前にいるのは……」 「第2愛人のソフィですよ。詩宝様」 運転していたソフィさんが答えた。 「一体、どこに向かって……?」 「もちろん、お嬢様のお屋敷ですよ。そこでじっくりと“取り調べ”をさせていただきます」 艶然と笑うエメリアさん。 僕は、少年院入りを覚悟したときより恐慌状態になっていた。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/291.html
100 :ヒキコモリと幼馴染 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/05/01(木) 13 18 45 ID i6U3Ixs2 「お、7777だ」 僕がよく行く、全員が固定ハンドルネームをつける馴れ合い掲示板がある。 今日もいつものようにいったら、アクセスカウンターが7777という、縁起のよさそうなキリ番になっていた。 「七誌さん、おめでとう~」 「ちくしょー、俺が踏むつもりだったのに!」 「七誌オメ」 すぐに掲示板にそんなカキコミがならんだ。 ちなみに七誌とは、僕のハンドルネームである。 7777、いかにもいいことがありそうな数字じゃないか……といっても、ヒキコモリの分際でにいいこともなにもないか。 僕は、そのキリ番を踏んだことを少しうれしく思いながらも、その喜びはすぐにこの“ヒキコモリ"という、負け組としかいいようのない、自分の境遇に対する絶望に上書きされてしまった。 僕は一つため息を吐くと、掲示板にキリ番を踏んだことの報告をし、そのまま別のサイトを開いた。 ちょうどそんな時だ。俺の部屋の窓ガラスがコツコツ、と鳴ったのは。 カーテンがしてあり、外の様子は窺い知れないが、その音の原因ははっきりと分かってる。 だから、僕はそれを無視して、またサイトを眺める。 「信也くん、起きてるよね」 うるさい。 その声自体は、大して大きくもなく、いや、むしろ遠慮がちで、うるさいという形容詞からは程遠い声だ。 だが、僕にとっては、うるさくて、不快でしかたがなかった。 ヒキコモリ続けて早半年。 教師なんて言うまでもない。心配し、そして叱責してきた父、媚び諂ったかと思えば、何をどう考えたのか知らないが、自殺未遂までしてみせた母。 彼らですら、とうの昔に僕に干渉し、社会復帰させることを諦めてしまっている。 それなのに。 そんな中、この糞女――古閑風香、僕の幼馴染だ――だけは、未だに僕に対して接触を謀ってくる。 いい加減にして欲しかった。 彼女が知っている昔の僕とは違って、もはや現実世界をまともに生きていく気なんて微塵もなく、 パソコンの中のささやかな幸せや楽しみが世界の全てとなっている僕にとっては、現実世界をまともに生きている彼女は、それだけで、存在するだけで、僕にとっては猛毒にも等しい。 その猛毒が、積極的に自分にアプローチをはかってくるのだ。 小鳥のさえずりの様な可愛らしい声も、小動物のような、キョトキョトとせわしなく動く仕草も、僕にとっては、聴覚や視覚に訴えかけてくる毒に他ならない。 それなのに、彼女は僕の気持ちなどまったく顧みず、どんな罵声を浴びせようと彼女は毎朝毎晩僕にいちいち接触を試みてくる。 うんざりだった。 もう僕は経験から、どんな誹謗中傷も意味を成さないことを知っている。 だから僕が取る選択はたった一つ。 無視だ。 息を殺し、じっと彼女が立ち去るのを待つ。 しかし、いつもはしばらく無視すれば立ち去るというのに、今日はいつになっても立ち去らず、それどころか、起きてるのは分かってるだの、出てきてくれだの、僕に声をかけてきやがる。 時計を見ればもう九時、とっくに学校は始まってるはずだ。 と、そこで気づいた。今日は土曜日、休日だ。 最悪だ。もう寝た振りしていてもしょうがない。僕はパソコンをカチカチを弄り始めた。 「あ、やっぱり信也くん起きてたー。ねえ、今日はいいことあったんだから、久々に外に出てみようよ」 なんてヤツだ。僕がこれだけ無視しているのに、まったく意に介した様子も無く、明るい口調で話しかけてきやがった。 最悪だ。 僕はヘッドホンをつけると、大音量で音楽を流し始めた。そろそろ寝ようと思っていたのに、とんだ災難だ。 しかも、こんな生活をしている僕に、いいことなんてあるわけないだろ。しいて言えばあの掲示板のキリ番を踏んだくらいだ。 その思考に至った瞬間、背筋に寒気が走った。 いや、まさかそんなはずはない。僕がいつもアクセスしている掲示板でキリ番を踏んだことなんて知っているはずもない。ただの偶然。ただ僕の気を引くためのでまかせがちょうど当たったってだけだ。 101 :ヒキコモリと幼馴染 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/05/01(木) 13 19 42 ID i6U3Ixs2 音楽で彼女が何を言っているかは分からないが、まだ彼女がいて、何かを言っていることも分かる。 彼女は何を言っているのだろうか。まさかとは思うが、僕を監視していたりするのではないか。 僕は、ヘッドホンを外した。 馬鹿馬鹿しい。ただの偶然なのに。 自分で自分に嘆息する。ヒキコモリ生活のせいだろうか、こんなくだらない妄想に囚われるなんて。これは彼女の言に従うわけではないが、少し外に出たほうがいいのかもしれない。 「ね? 一緒に神社まで散歩しようよ、ほら、いい天気だよ」 外にでるっていっても、てめえと一緒に出る気なんてさらさらねえよ。 「ほら、紅葉でも見たいって言ってたよね? 神社なら綺麗だよー」 僕はガタンと跳ねた。 当然、僕が彼女にそんなこと言ったわけじゃない。家族とだってもう随分会話してないんだ、まして他人なんかとそんな会話をしているわけが無い。 しかし僕は思い当たる節があった。 あの掲示板に、紅葉の写真が添付されたときに、見に行きたいと書いていたのだ。 いいことがあったとか、紅葉を見に行きたがってるとか、どうして知ってるか。 誰でもすぐにこの思考に至るだろう。 『アイツはこの掲示板を知っていて、俺の固定ハンドルも知っている』 糞っ! 胸糞悪い。一体どこから洩れたんだ! つまり今までずっと僕のカキコミは彼女に駄々漏れだったってことか。 思わずキーボードを机に叩きつけて破壊しそうになった。しかし破壊してしまえば、外界と接触を取らざるをえなくなるため、すんでのところでそれを堪えた。 「死ねこのストーカー女! 気持ち悪いんだよ! 警察に通報するぞ!!」 意味が無いと分かっていながらも、窓の向こうのアイツに向けて悪態を吐く。 返事は、無い。 糞っ! 再び悪態を吐いた後、僕はこの掲示板のブックマークを削除するために、ブラウザのブックマーク一覧を開いた。 ブックマークにマウスの矢印を重ねて左クリック。 それを実行しようとした瞬間、窓ガラスがコツン、と鳴った。 誰もいないものと思っていた僕は驚いて、その拍子に右クリックしてしまった。 そのことによって掲示板は更新され、現在の書き込みが表示された。 その更新されていた内容。それを見て、僕は愕然とした。 「どうして分かってくれないの?」 「私はあなたのことを思っているだけなのに」 「誰がなんと言っても、私だけは信也くんの味方だから」 僅か数分の間に書き込まれていた書き込み。 そして、その書き込みを行っているハンドルネームは一つだけではない。 この掲示板の、主に書き込みをしている住人全員のものだった。 愕然とし、咄嗟に窓ガラスのほうを向く。 窓ガラスにはカーテンがかかっていて、外の様子は窺い知れない。 でも……。 僕はゴクリと唾の飲み込み、深呼吸をすると、意を決してカーテンの前まで歩く。 目を瞑り、開き、勢いよくカーテンを開けた。 朝の眩しい陽光が注がれる。 反射的に目を覆い、そしてその手を序々にずらす。 そこにあったのは、ただの何の変哲も無い庭だった。 はあ……と安堵のため息を漏らす。 まあ特にあの女がいなかったからいなかったからといって、何の問題の解決になる訳でもないのだが。 それでも安心して、カーテンを閉じると、もう一つため息を吐いて、天井を仰いだ。 そして、風香と目が合った。 思考は停止し、目のピントは固まってしまったかのように、彼女の目から逸らす事ができない。 天井板の一部を外し、天井から風香が僕を見ていた。 「信也くんのこと、ずっと見ているよ」
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1265.html
245 :あなたのために 第四話 ◆PLalu2rSa. [sage] :2009/06/06(土) 00 13 45 ID uUb2CVRa 「やれやれ、とんだ茶番に付き合わされたものだね」 私は自分の足元に転がっている、氷室さんを見降ろして呟く。 右手に剃刀の柄を握り締めたまま、地面に横たわり、気絶している彼女を。 対する、私の姿はと言えば、右手に先程氷室さんの首筋に打ち込んだ手刀の形を作ったまま、氷室さんを見下ろしている。 「マサト・・・君が氷室さんの気持ちにさっさと気がついていれば、こんな事にはならなかったんだ。わかっているのかい?」 しかし、目の前のマサトは、青ざめた顔で、 地面に横たわっている氷室さんを抱きあげることにご執心だ。 私の言葉など聞いちゃいないようだった。 「安心し給え、気絶しているだけだよ」 氷室さんが呼吸をしている事を確認したマサトは、大きく息を吐く。 そして、いとおしそうに彼女の長い髪を撫でる。 「ミク、どうしてこんな事を・・・」 「氷室さんは君の事が大好きなんだよ。幼馴染としてじゃないぞ?一人の男として、愛しているんだ」 私がそう告げると、マサトは驚いたように瞳を見開いた。 顔を上げ、こちらを見るマサトの表情は驚きに満ちている。 ・・・やはり気がついていなかったか。 身近な幼馴染の愛情に気が付け無いなんて、君はなんて鈍感なんだ? 「そんな、嘘でしょう先輩?ミクはただの幼馴染で、僕に恋愛感情なんか・・・」 「やれやれ、当事者というものは実に恐ろしいものだね。君はどれだけ自分を客観視していないんだい?」 君たちに初めて出会ったとき、私は二人が既に恋人同士なのだとばかり思っていたよ。 しかし、目の前のこの鈍感バカのお陰で、氷室さんが苦しい恋をしているのはすぐに気が付いた。 自分に向けられる熱っぽい視線を、見事なまでにスルーし続けるマサトの天然ぶりには呆れてものが言えなかったね。 マサトと話している私を見つめる氷室さんの視線に、流石の私も何度背筋が凍った事か。 「ただの幼馴染が毎日お弁当・・・いや、朝昼晩、全て作ってくれているそうじゃないか?普通の幼馴染がそんな事をしてくれると本当に思っていたのかい?」 「でも、それは僕の母親に頼まれているからで・・・。あの、じゃあ毎日起こしてくれたり、掃除や洗濯してくれているのも?」 「そうか、氷室さんはそこまで君に尽くしているのに捨てられたのか。いやいや、同情を禁じえないね」 246 :あなたのために 第四話 ◆PLalu2rSa. [sage] :2009/06/06(土) 00 16 34 ID uUb2CVRa そこまでマサトに尽くしておいて、挙句に捨てられる氷室さん。 私もあの人に人生のすべてを捧げているつもりだが、もしも捨てられたりしたらどうなるか・・・。 フフ・・・その時はあの人の手足を切断して、監禁してあげればいいだけだ。 もちろん、それは最後の手段だけれどもね。 「でも、じゃあどうしてミクはマサキ先輩を・・・?僕はあなたに振られたのに・・・」 「さぁ?それは彼女本人から直接聞いてみたらどうだい?・・・私には理解できないからね」 愛する幼馴染が、意中の女性と結ばれ、幸せになるのなら、自分は捨てられても構わない。 自分よりも、彼の幸せが第一だと。 マサトの幸せこそが、氷室さんにとってきっと全てなのだろう。 ・・・私には理解できないがね。 だってそうだろう? 私無しに、あの人の幸せが成り立つはずがないのだから。 私は、そう断言できる。 私以外にあの人を幸せに出来る人間など存在しない。 例えあの人が、他の誰かを何かの間違えで好きになったとしても、それはその泥棒猫に騙されているにすぎない。 その時は、その泥棒猫を私は全力で排除する。 それが、あの人にとっての最高の幸せなのだから。 「ただ、マサト。君に解って欲しいのは氷室さんが、彼女こそが世界で最も君の事を愛しているという事だ。彼女は君の幸せの為に、壊れた。それだけは間違いのない事実だよ」 「・・・ごめん、ミク。僕が君をここまで追い詰めてしまったんだね?」 そう言ってマサトは、気絶している氷室さんを再び見つめ・・・涙を流した。 氷室さんに恋愛感情を抱いてはいないらしいが、それでも彼女が大切なのは確かなのだろう。 ・・・やれやれ。マサト、君は氷室さんの近くにいすぎたんだ。 本当はお互いに無くてはならないほど大切な存在なのに、その大切さに気が付かない。 空気や水みたいなものさ。普段は全然、そうとは気が付かなくとも、いざ無くなれば慌てる事になる。 それが幼馴染の関係。 失ってから初めて気がつくというものさ。 ・・・私のお陰で失わずに済んだ事を感謝したまえよ? 「マサキ先輩、僕はこれから・・・どうしたらいいんでしょう?どうすればミクに償えるんでしょうか?」 247 :あなたのために 第四話 ◆PLalu2rSa. [sage] :2009/06/06(土) 00 19 17 ID uUb2CVRa 「簡単なことさ、彼女を愛してあげればいい。・・・ああ、拒否権は無いぞ?君の恋愛感情なんぞ関係ない。今まで散々尽くしてもらってきたんだ。今度はそのお返しに彼女を愛してあげろ。・・・死ぬまで、その人生を賭してね」 氷室さんが自分にとって、どれだけ大切な存在かを気付く事が出来たマサトが、これから彼女を愛していくことが出来るかは解らない。 だが、それは今後の二人の問題だし、私の関知することでは無い。 ただ、私と同じく幼馴染の男性に人生のすべてを捧げている、氷室さんに少しばかりの情けを掛けてあげたくなったのさ。 本来ならば、私に襲いかかってきた処で、返り討ちにしてあげる所だが。 ちょっとばかりの同情を感じて、マサトを呼び出してあげた。 ・・・フフフ、まぁ、がんばりたまえ。我が同志よ。 「ああ、ちなみに幼馴染同士は必ず結婚しなくてはいけないと、法律にも書いてあるらしいぞ?結婚式には呼んでくれたまえ」 「・・・書いてませんよ、そんな事・・・」 そうなのか?・・・まぁ、いい。法律など、私には関係のない事だ。 私は是が非でも幼馴染のあの人と結婚するつもりだし。 「それじゃあ、私はこれで失礼させてもらうよ?」 ・・・私は氷室さんの手から零れ落ちた剃刀を拾い上げると、懐に忍ばせた。 ちょうど、普段使っている剃刀に刃毀れが目立ってきたところだ。 慰謝料代りに貰っておいても罰は当たるまい。 私は二人に背中を向けると、颯爽とその場を去ることにした。 さて、せっかく授業をサボって時間が出来たのだ。 この際、まっ昼間から愛しの君を愛でに行く事にしよう。 それぐらいの報酬は受け取っても構わないだろう? ・・・最後に、ちらりと振り返り、二人を見る。 マサトが、氷室さんの唇に口付けをしていた・・・。 あーあ、もう、やんなっちゃうなぁ・・・!! あともうちょっとで彼を誘う事が出来たのに。 大体、何なの?あの変な女。 ちょっと綺麗だからって、無表情で無愛想で、まるで人形みたい! いきなりお喋りしていたあたしと彼の間に入ってきて! 幼馴染だぁ??知らないっての!! 高校の制服着てたから、たぶん彼の一個か二個下なんだろうけどさ。 彼女でもない癖にベタベタしちゃって! 248 :あなたのために 第四話 ◆PLalu2rSa. [sage] :2009/06/06(土) 00 22 13 ID uUb2CVRa ・・・大体、彼も彼よ。私と遊びに行く約束してたのに、あんな子が来たからってだけで、取り止めにしてさ! しかも、デレデレ鼻の下伸ばしてやんの。 男ってのは、ああいう人形みたいなほうがいいの?理解できないわ。 あーあ、彼ってばホントにイケメン。だから、彼氏に出来たら、友達に自慢できるんだけどなー。 性格はすっごく天然臭いから、ちょっとモーション掛けてやれば簡単に落ちそうだけどね。 ・・・あ、でもあれだけかっこよくて、今まで彼女が出来た事無いらしいから、何かあんのかな? ブルル・・・。 うう、寒い・・・。雪降って来てんじゃん。 流石に冬の夜道は冷え込むわね・・・調子乗って友達とカラオケ行かなきゃ良かった。 もうあたり真っ暗だし。 なんか、例の殺人鬼が出没しそうで怖いわね。早く帰ろう・・・っと。 よーし、明日こそは彼を食事に誘って一発決めてやるわ! あんな高校生の人形女に盗られる前に決めてやるんだから! ・・・あー、寒い。ホンっと、冷えるわね。 「こんな夜中に一人で歩くのは関心しないね、泥棒猫さん」 スパッ。 私が思わず声のする方に振りかえると、喉元にいきなり風が走った。 振り向いた先にいるのは、日本人形みたいな顔した、例の女子高生。 なんであんたがこんなところにいるの? ・・・と、喋ろうとしたけど、無理だった。 だって、私の喉元から紅い液体が噴出したんだもの。 え?なんなの、これ?・・・どういう事? 「フフ、泥棒猫と呼ばれて振り向くなんて、自覚でもあったのかい?」 人形女の右手には剃刀が握られていて、歯の部分にわずかに血痕が付着している。 どうして、この子が剃刀なんて持ってるんだろう? え・・・嘘・・・そんな、あたし、この子に喉を切り裂かれた!? まさか・・・この子がいま世間を騒がせている・・・。 「あがっ・・・ぐぶっ・・・」 喉元から噴き出した鮮血で言葉が発せられない。 しかも、とんでもない激痛に意識が飛んでしまいそうになる。 「フム、中々いい切れ口だ。これは氷室さんに感謝しないとね」 女子大生ばかりを狙う、通り魔殺人の犯人がこの子だったなんて。 信じられない。 249 :あなたのために 第四話 ◆PLalu2rSa. [sage] :2009/06/06(土) 00 23 50 ID uUb2CVRa 喉元から血が湧き上がってきて、呼吸が苦しい。 どんどん意識が朦朧としていき、あたしは地面に倒れこんでしまった。 あたしの喉からはどんどん血液が流れ出て行って、コンクリートの地面がみるみる赤くなっていく。 あたし・・・死ぬんだ・・・ 「自分が殺される理由が分からないって?なら教えてあげるよ。・・・君があの人に近づいたからさ。あの人に近づく泥棒猫どもは一人として生かしておけないね。私は絶対にあの人を他人に渡したりしないよ。フフフ・・・おや?」 薄れていく意識の中で、人形女の顔がおぞましいほどに歪んでいるのが見えた。 まるで三日月のように、真っ赤な口元が歪んでいる。 ・・・やがて、あたしの耳に最後の言葉が流れ込む。 「おやすみ、泥棒猫さん。次は本当に猫にでも生まれ変わって、私のあの人にはもう手を出さないでくれよ・・・フフフ・・・アハハ・・・アハハハハハハハハハハハハハハハ!」
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1279.html
661 :胡蝶病夢 第二話『彼の夢』 ◆YOLz5qIxQc [sage] :2009/07/08(水) 23 18 11 ID cNKewfV6 「ふあぁぁ……あれ?」 目が覚めたら身体が縮んでいたーーなんてことは無く。 「昼休み……?」 黒板の上に掛かっている時計を見ると、針は一時を指していた。ついでに辺りを見渡す。 食堂にでも行ったのだろう、教室に居る生徒の数はまばらだった。 「にしても……どんだけ寝てたんだ俺」 朝学校に来てからの記憶がまんまり無い。というか全然無い。全く無い。 学校に来る時の記憶さえ危うい。どうやって来たかあやふやだ。 「……もしや俺は寝たまま学校に来るという偉業を成し遂げたのでは?」 「んなわけあるかアホ」 しまった、口に出ていたか。そして俺をアホって言ったのは誰だ。 「……なんだ、ヒィか」 声のした方に振り向くと、袋に大量のパンを詰めたヒィが立っていた。 「なんだとはなんだ、爆睡中の親友の為にパンを買ってきておいてやったというのに」 そう言うとヒィは隣の席に腰を降ろし、袋の中身を漁り始めた。 こいつの名前は時谷 彼方。中学の頃からの付き合いで、俺の親友。 ちなみにヒィとはこいつのあだ名。「彼」方だから「He」でヒィなんだそうだ。 自称天才イケメンで金持ち。前者は半分嘘だが後者は真実。 カッコいいより綺麗と言ったほうが正しいであろう、中性的な顔立ちをしている。 「うーん……なぁ、俺どんだけ寝てたんだ?」 いくら頑張っても思い出せない為、絶賛パン捜索祭り開催中のヒィに訪ねる。 「ん? 確か学校来てすぐ俺に一言だけ言ってから今までずっと寝てたな」 一言だけ言った? 何か言ったっけか俺? 「なにか言ってたのか?」 ヒィは口元に手をあて、ふむふむと考えるポーズになる。そして 「ああ、言ってたぞ。確か……『今から俺は寝るから、うなされてたら起こしてくれ』とか」 「本当にそんなこと言ってたのか?」 「ああ、たぶん間違っていないはずだ」 今度は俺が考え込む番だった。 そんなことを言った記憶が全く無い、学校に来るときの記憶も無い。 俺の知らない俺? ……もしや 「俺は二重人格だったとか?」 「いきなり何言ってんだ馬鹿」 俺の出した結論は、未だに袋を漁っているヒィの言葉に一撃で沈められた。 「ほら、カレーと焼そばとあんぱん、これでいいんだろ?」 ヒィが袋からパンを三つ差し出してくる。さすが親友、俺の好きなパンをしっかり覚えている。 「サンキュ、んじゃ食おうぜ」 「ちょっと待った。今日は別のとこで食うぞ」 パンを受け取り、早速食べようとする俺をヒィが止める。 「ちょっと前に、もっと静かで広い場所で食いたいって言ってただろ?」 「そういえばそんなようなことを言った記憶が……」 662 :胡蝶病夢 第二話 ◆YOLz5qIxQc :2009/07/08(水) 23 21 03 ID cNKewfV6 「というわけで、屋上に行こう」 そう言ってヒィはポケットから銀色の鍵を取り出した。 「………」 俺が言いたいことが分かったらしい。ヒィはニヤッと笑うと 「職員室にお呼ばれになったときにちょっとくすねてスペア作っておいた」 「それってバレたら不味くないか?」 「大丈夫だって。あそこには誰も近寄らないから」 「どうしてそう言い切れるのかね……」 「それに……」 「それに?」 「屋上にはロマンがあるじゃないか!」 「は?」 「ほら、早く行くぞ!」 「あ、おい! ちょっと待て! ……ったく」 言うなりパン袋を抱えて教室を飛び出ていったヒィ。 「んじゃまあ、俺も行きますか」 この出来事が、俺の運命を変えることになるとも知らずに…… 「……なんつって」 思えば、これは冗談ではなく、神の啓示だったのだろう。 屋上へ向けて、一歩を踏み出す。 この時から、俺の運命は狂い始めていた。 「ところで、ロマンって何だ?」 屋上のドアの前で四苦八苦していたヒィに訪ねる。 鍵が新品だからか、なかなかうまく回らなかったようだ。 「そりゃお前、屋上と言ったら告白イベントって相場で決まってんだろ」 「はぁ……」 「案外、ここ開けたら誰か告白してたりしてな」 「ないない」 カチャリと音がして鍵が回る。 「うっし、それではご開帳~」 ドアが開き、ヒィが外に出……ようとして止まった。 「どうした? 本当に告白してる奴でもいたか?」 鳩が眉間に豆鉄砲をブチ込まれたような顔をしているぞ、ヒィ。 663 :胡蝶病夢 第二話 ◆YOLz5qIxQc :2009/07/08(水) 23 23 20 ID cNKewfV6 「……人、いたよ」 「え、マジか?」 ヒィの横から外を覗く。そこには……人がいた。 広い屋上の奥のさらに奥、フェンスの外側に、彼女はいた。 「………」 「………」 沈黙。ヒィも俺も言葉が出なかった。 俺もヒィも動かない。彼女も微動だにしない。 唯一動いていたのは、風にたなびく彼女の長く、雪のように白い髪だけだった。 「……なあ」 先に沈黙を破ったのはヒィのほうだった。 「……これってさ……止めたほうがいいんじゃないか?」 「……ああ」 頭の中で 屋上+フェンスの向こう=飛び降り の式が成り立つ。 あまり刺激を与えないように説得を…… 「もしもし、そこのお嬢さん!」 「やりやがった」 彼女がゆっくりと振り向く。 「実は大事なお話がありましてですね!」 「……?」 彼女は首をかしげる。 「えーと……貴方が好きです! 俺と付き合ってください!」 「………」 「……ってこいつが」 「おいちょっと待て」 なんか大変なこと口走ったぞコイツ。見ろよなんかすっごい驚いてるぞ彼女。 「何言ってんだオマエは」 「いや……反応が無かったからつい……」 「そういう問題じゃないだろ」 「ロマンがあったんだよ!」 「だからってお前は……ってうお!」 いつの間にか彼女が隣に立っていた。 「な、なにか……?」 何故か満面の笑顔を向けてくる彼女に恐る恐る話しかける。 「……ずっと待ってた」 「え?」 「貴方を、ずっと」 そういって彼女は、俺の顔に 自分の顔を近づけ キスを した。 そこで目が覚めた。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/113.html
424 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/10/12(金) 23 38 48 ID F9jMz0Zs いつかどこかで。そんな言葉が、頭の中に浮かんでくる。 いつかどこかで。 いつかどこかで、これに良く似た光景を見たな――身体から離れて落ちていく首を見ながら、 不思議なほどに冷静にそんなことを思う。いつかどこかで。確かに見た。落ちていく首を。首 には“そこから先”が存在せず、赤い断面を見せながら、赤い血液を撒き散らしながら、くる くると、狂々と、落ちてくる。 落ちる。 散る。 朽ちる。 落ちる。 「あ――――――」 今度のその声が、どっちのものだったのか、僕には自信がなかった。僕の声だったのか。そ れとも、隣にいる如月更紗の声だったのか。あるいは、その声は本当に存在するのか。サイレ ンのように鳴る言葉。チャイムはない。空気は静かに震えている。 思い出す。世界の揺れを肌で感じながら、僕は想いだす。いつかどこかで――そう遠い昔の ことじゃない。そんなに何度もあってたまるものか。ただ単に、思い出したくなかっただけだ。 ――神無士乃の死ぬところなんて。 それでも、思い出してしまえばそれはそっくりだった――あの地下室で、神無士乃の首が落 ちてきたときと。 ただ一つ、決定的に異なるものがあるとすれば、今落ちてきた首は、あのとき神無士乃の首 を切り落とした人物の首だということだ。 即ち。 如月更紗と――同じ顔をした首。 ちょきん、と。 聞こえるはずのない、鋏の音を聞いた気がした。 「そう――かい」 そう、言ったのは。 誰でもない――僕でもない――他の誰でもない、如月更紗だった。屋上の床に転がる、自分 とまったく同じ顔の生首を見て、そう呟いた。 人間の声にしか聞こえなかった。 死に対する憤りも怒りも驚愕も恐怖もない、揺れ動く感情を一切感じさせない――少しだけ 疲れたような、溜め息まじりの声だった。そこには非日常性を含まない、どこまでいっても人 間的な――日常があるだけだった。 なんだ……? なんなんだ一体。如月更紗の落ち着き払った態度に、僕は逆に混乱してしま う。どうしてお前はそんなに冷静なんだ。つい先まで話していた、自分の姉妹の生首を見て ――どうして少しも動じずにいられるんだ。それじゃあ、それじゃあまるで始めから知ってい たみたいじゃないか。 こうなることを。 問いただしたかった。 問いたださなかったのは、僕よりも先に、如月更紗が再び口を開いたからだ。 「……くるよ、冬継くん」 ――くる? 何が、と聞く暇はなかった。すぐに思い至る――そうだ。これがあの時と同じだというのな ら。このあとにくる展開はわかりきっている。あの時、神無士乃を殺した、如月更紗に似た誰 かが会談を降りてきたように。 今。 ゆっくりと――扉が、開いた。 425 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/10/12(金) 23 39 36 ID F9jMz0Zs 初めに見えたのは、黒い傘。 あの夜と同じだった。黒と白のその姿が目に移る。開いた扉の向こうは色が失われていた。 ――黒白。 白く、黒い。モノクロで歪な姿。着ている服は輝かんばかりに白い、フリルの過剰なウェデ ィングドレス。スカートの前は大きく膨らんでいて、後ろは地面すれすれまでテールコートの ように伸びていた。袖口は大きく膨らんでいるのに、肩と腋がむき出しになった奇妙な服。 あの夜と違うのは、薔薇をあしらったヴェールはなく、その顔ははっきりと見えていた。 長い長い黒髪と――中性的な顔。 どこかから、猫の鳴き声が、聞こえた。 そして、少女が、一歩だけ前へと踏み出す。背後で扉が閉まり――それ以降は、歩いてこな い。そして僕は気付く。彼女があの夜と違うことに。あの夜は、黒と白だった。 今は違う。 今は、黒と、白と、赤だ。 純白のウェディングドレスは――返り血で、真っ赤に染まっていた。 赤く、 赤く、 真紅の花嫁。 血にまみれた――モノクロの少女が、傘をくるりと、回した。 「やぁ」 と。先手を切り出したのは僕でもなく謎の少女でもなく、隣に立つ如月更紗だった。ほがら かな笑みを浮かべて、まるで歓迎でもするかのように両手を広げている。口元はにやにやとつ りあがっていて――本当に楽しそうだった。 ……楽しいのか? この状況で、如月更紗は楽しんでいるのだろうか。この状況を楽しいと思っているのだろう か。少なくとも、僕はコレを楽しめるほどにイカレてはいないらしい。楽しむどころか、さっ きから頭は混乱の連続しっぱなしだった。ハサミも生首もひとまず放って、どっちでもいいか ら状況説明しておほしい。正直何がなんだかまったくわからないぞ。 僕の内心の願いもむなしく、如月更紗は笑ったままに、彼女たちにしか判らない言葉を吐き 出した。 「やぁやぁやぁ――久し振りだね久し振りじゃない。やはりまさか君がきてくれるとは夢にも 想わず現実で思っていたよ」 「――――――」 相対する少女は何も言わずに傘を閉じた。傘の先から垂れた液体がコンクリートの床に赤い 染みをつける。どうやらあの傘、真っ当な使い方をされなかったらしい。隣に転がる生首を見 れば、あの液体が何なのか想像もつくというものだ。 文房具にすら見えないハサミを振り回すバカもいるので、今更驚きはしないが。せいぜい呆 れるくらいだ。 「馬鹿というほうが馬鹿なのよ冬継くん」 「当然のようにモノローグを読むんじゃねえ!」 「顔に描いてあったのよ」 「お前僕を見てないじゃん!? 黙って前見てろよ緊迫した場面なんだから!」 ろくでもないやりとりだった。 しかも謎の少女、くすりとも笑わねえ。むしろ僕が笑い出したい。 426 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/10/12(金) 23 40 45 ID F9jMz0Zs 如月更紗も笑ったままに、 「人生にはつねに笑いが必要というのが私の哲学なのさ」 「お前がそんな哲学を持ってたとは初めて知ったよ……」 「人生には愛が必要なのよ?」 「なんで疑問系なのかわからないけど、それなら、まあ……」 「人生にはエロが必要なのよ!」 「堂々と言い切ってもらって悪いがそれはないな!」 馬鹿なやりとりだった。 ちらりと視線をずらすと、まったく変わらない位置で、まったく変わることのない表情のま まに少女は立っていた。笑いもしなければ襲ってもこない。完全な無視だった。 今まで一番の強敵かもしれない。 いや、今までにだって敵がいたわけじゃないけど。 「で、アイツはどこの誰なんだ?」 相手が動かないのをいいことに、堂々と如月更紗に向き直って訊ねてみる。おおよその見当 はついているが、できれば如月更紗の口からはっきりと聞きたかった。 如月更紗は僕の質問に、微かに首を傾げて、 「知らないわね。冬継くんのお友達?」 「あんな奇抜なオトモダチはお前だけだよ!!」 どう考えたってあれはお前の――いや。 狂気倶楽部の関係者に、決まっているだろうが。 「あら」如月更紗は僕を顧みて、「神無士乃は――友達じゃなかったのかしら」 「…………」 「それに、私は友達でいいのかしらね?」 「……? どういう意味だそれ」 如月更紗は答えなかった。不敵に笑うだけで、僕から視線をそらす。僕もまたつられるよう にその視線を追って、立ち尽くす少女を見た。 やっぱり、さっきから少しも動いていない。畳んだ傘を手にもって、残る手を軽く添えてい る。いつかの夜のように、突然切りかかってくることもない。 そういえば――今更にして思い出したけど、あの杖は仕込み刀だったっけ。本当に何でもア リだな、狂気倶楽部。 「どう言う意味もこういう意味も、そういう意味よ」 言った如月更紗の横顔は、一瞬だけ微笑んでいるように見えた。それは一瞬だけのことで、 すぐにいつものにやにや笑いに戻ってしまったけれど――気のせいなんかじゃ、なかった。 どういう意味だったんだろう、その笑みは。 色々考えてしまうじゃ――ないか。 「君は私のことを友人だと思っているのかい――チェシャ?」 唐突に。 如月更紗は話の矛先を僕から少女へと向けた。初めから話をふられることがわかっていたか のように、少女は身動ぎもしない。表情すら変えずに――何一つとして、反応を返さない。 むしろ、驚いたのは僕の方だった。聞き覚えのある名前に驚愕せざるをえない。 チェシャ――チェシャだって? その名前には聞き覚えがあるし、いつかにその名を持つ相 手と遭遇したことがある。チェシャ猫。不思議の国のアリスにでてくる、にやにや笑いだけを 浮かべて消える猫。 けど――彼女は今、にやにや笑いを浮かべていない。 そのせいか大分印象が違うけれど……そうだ、解った上でよく見てみれば、確かにその顔は 学校の帰り道で見かけた少年のそれと同じだった。髪を帽子で隠していたのか、カツラをかぶ っているのか、少女なのか少年なのかはわからないが、とにかく、あのチェシャとこのチェシ ャは同一人物なのだろう。 427 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/10/12(金) 23 42 06 ID F9jMz0Zs …………。 こいつが――僕を狙っていたのか。 しかし、そのわりには実感も実害もない。姐さんを殺したかもしれないのは五月ウサギだし、 神無士乃を殺したのは如月更紗の姉妹だ。一度として、チェシャ猫は僕に関わってきていない。 完全に無関係な通行人だ. だからこそ――怖い。 ここまで一切関わってこなかったやつが、今此処で、このタイミングで関わってくることが。 如月更紗は狂気倶楽部を“ごっこ遊び”と言った。これがごっこ遊びであるのなら、お話は そろそろ終盤に近いはずだ。主だった登場人物は減りに減って、物語はクライマックスを迎え ようとしている。これ以上、話は展開しそうにもない。それがどんな形であれ――エンディン グはすぐそこだ。 だというのに。 ここにきて、新しい登場人物が現れるだなんて。 否が応にも考えてしまう。物語を盛り上げるためのキャラクターではなく、物語を終らせる ための機構。 デウス・エクス・マキナ。 機械仕掛けの神。 彼女は、そういう役割なのではないかと―――――― 「あぁ、ああ! そうかそうだねどそうだとも。返事をしてくれなくて寂しいと思ったが―― 今の君はチェシャではなく、こう呼ぶべきだったね。 ――アリスと。 その名で、君を呼ぶとしよう」 僕の思考を貫くような、如月更紗の言葉に。 チェシャは――アリスは。 初めて、その表情を崩した。口元を歪めて。目元をさげて。確かに――裁罪のアリスは、満 足げな笑みを浮かべた。 「アリスは……共通ハンドルだったな」 「えぇ。けれど冬継くん、彼女は真のアリスよ。アリスたちの中で最も“不思議の国のアリス” に近い――裁罪のアリス」 真のアリス。 アリス・イン・アリス。 成る程――真打ちか。アリスが何人もいるというのなら、当然その中にも多少なりとも上下 関係があるのだろう。一番アリスに近い存在。それがチェシャということか。 それは――最も狂っているということに、他ならない。 裁罪のアリス。 罪を裁く死のアリス。 428 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/10/12(金) 23 42 57 ID F9jMz0Zs 「で、だ」 「んん?」 「そのアリスさんは、何をぼけっと突っ立ってるんだ?」 顎先でアリスを指して僕は言う。視線を向けられてもアリスは動くことなく、笑ったまま、 扉の前から動こうとしない。足許に転がったまま放置された生首だけが、異様な存在感をかも しだしている。 身体は……どこにいったんだろう。 如月更紗を見る。彼女の首も、身体も、ちゃんとそこにあった。そのことに……少しだけ、 僕は安堵する。 「冬継くん、そんなに見つめられたら照れるわよ」 「素敵に胡散臭い言葉だな……」 お前が照れた所なんて想像すらできない。 そんな意味をこめた視線を送ると、視線から意味を悟ったのか如月更紗は笑い、 「ピロー・トークは二人きりのときにしようということね?」 「アイ・コンタクトなんて幻想だったんだな!」 「エロー・トークがいいだなんて……冬継くんははしたないね」 「もしかしたらお前自分で気付いてないかもしれないから教えてやるけど、はしたないのはお 前であって僕じゃないしついでにマッド・ハンターの時と如月更紗のときえお前キャラが全然 違ってるからなお前!」 ツッコミが長すぎる上に、一文でお前を四回も使ってしまった。 狂気倶楽部――ごっこ遊び、か。 演じること。 如月更紗を演じる。 マッドハンターを演じる。 はたしてどっちが本当の彼女なのだろうか。どちらも本当の彼女じゃないのだろうか。どち らとも本当の彼女なのだろうか。 本当って、なんだ? 429 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/10/12(金) 23 44 01 ID F9jMz0Zs 「ごっこ遊びだからさ」 今度こそ本当に表情から思考を読んだのか、如月更紗はそんなことを口にした。 「……それ、どういう意味だ?」 「彼女がどうして動かないのか――それについての答えよ、冬継くん」 「ごっこ遊びだから、動かない?」 「動けない、とでも言うべきね。もっともアリスに近いから――誰よりもアリスに左右される 。登場人物が出そろうまでストーリーを進めることができない」 「…………これ以上誰が増えるんだ?」 まさか今更五月ウサギとか出てくるんじゃないだろうな……。それとも一度も名前が出てこ ない、お茶会の最後の登場人物であるヤマネでも出てくるのか。 「いやいや冬継くん、奇しくも君の考えたとおりよ。 ここには如月更紗はいてもマッド・ハンターがいない。 ――そういうことさ、そういうことなのよ」 言って。 如月更紗は、あっさりと踵を返した。何の躊躇もなく、アリスに背を向ける。見ている方が はらはらする行為だったが、アリスはそれでも動かない。如月更紗はつかつかと歩き、フェン スに添えるようにしておいたままにしてあった、黒赤のトランプ柄のトランクを手にした。 「あ、それ――」 そういや、屋上にきたときには意識していなかったけど……あのトランクケース、僕の家に 持ってきていたやつだよな。 なら――あの中には。 見遣る僕とアリスの前で、如月更紗はトランクケースを押しあける。 中には。 「さぁ、さぁ、さぁ――冬継くんにアリスちゃん。楽しい楽しいお茶会を始めましょう」 あの夜に見た、男物のタキシードと――シルクハットが、収まっていた。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/726.html
239 :和菓子と洋菓子 [sage] :2007/05/05(土) 23 56 07 ID ZwzDwLr8 「・・・て、・・・きて、」 うん?なんだろうか? 「・・・起きて、・・・ねえ、起きて・・・」 全く誰だというのだろう、人の眠りを妨害するとはいい度胸だ、もう十五分ばかし寝てやろうか。 「・・・ちゃん、お兄ちゃん、起きてよ、」 お兄ちゃん?妹の理沙だろうか?いや第一、理沙は昨日の夜に自分の部屋に帰らせたのだから、 ここにいるわけがない。 「お兄ちゃん、遅刻しちゃうよ?もうすぐ八時半だよ?」 うん、八時半?ということは、急いで枕元の目覚まし時計を確認する。 こいつ、定時に鳴らなかったな!確かにセットしたはずなのだが・・・・、って、をいをい。 いきなり、OFFになっている上、セットしてある時刻が九時三十分とは、 いったいどんなことが起こったんですかね? そんな事を考えている暇も惜しいので、てきぱきと着替えを始めつつ、理沙が持ってきてくれたトーストを食べる。 遅刻にトーストは王道ですなぁ、しかし、いかんせん喉に詰まらせることがあるのが難点だ。 実際問題としては、急いでいればどんなものを食べても同じなのだが。 割と順序良く着替え、授業の準備をすることができたので、要らぬ心配をしているのだが、 時計を見ると、出席を取り始める九時一分二十秒(当社調査)まで十分を既に切っている。 そんな状況でも、ニコニコしながら理沙は私が出発するのを待っている。 理沙は僕と一つ違いなので、同じ学校に通学しているから、遅刻するか、しないかの瀬戸際に立たされているのは 僕と同じはず。というより、何でそんなにニコニコしていられるんだ、君は? 240 :和菓子と洋菓子 [sage] :2007/05/05(土) 23 56 44 ID ZwzDwLr8 咀嚼するというより、丸呑みにしたという形で、なんとか朝食を食べ終えた僕は自転車にまたがる。 理沙もちょうど同じタイミングで後ろの荷台に乗ったようだ。 普通に考えれば、二人乗りはまずいことだろうが、状況が状況だ。致し方ない。 いや、それ以前に、理沙は自分の自転車はどうしたのか?って、まあいいか。 なけなしの体力を使って、閑静な住宅地を疾風のように走りぬけ、駅前の雑踏も間隙を縫うようにして突破し、再び住宅地を韋駄天のように駆け抜ける。途中で罵声を浴びたような気がしたが、馬耳東風。 理沙が振り落とされないように僕にしがみついて、さりげなくどこが密着していようとも、どこ吹く風。 さあ、急げ急げ急げ! 校舎に取り付けられた時計の針は既に八時五十八分を指している。 校門を通過した後、仕上げに大きな孤を描いてカーブし、自転車を置き場に停める。 妹の理沙はこんな切羽詰まった状況にもかかわらず、西へ東への自転車曲芸を楽しんでいたようだ。 「じゃ、理沙また後で。こっちはかなりまずいから急ぐからね。」 「また後でね、お兄ちゃん。」 彼女は教室が一階にあるからか、歩いてすらいるようだ。それに引き換え、こっちは四階だ。時計は九時三十秒前。 南無三だが、乾坤一擲、余力を残すことなく、心臓破りの階段を駆け上がった。 ガラガラという扉を開く音。 そこに先生はいなかった、などということも無く、担任の田並先生が堂々とおわっしゃった。 クラスメイトの視線がこちらと田並先生とに向けられる。 僕が教室に入ってきたのを確認すると、時計を見て、 「おい、松本、九時一分三十八秒だぞ。一分半オーバーだ。残念ながら、遅刻だな!」 クラス内は賭けに敗れてがっかりするもの、ニヤニヤしているもの、ああだこうだと雑談しているもの、様々だ。が、例によって燃料がある以上ざわざわと騒がしくなってきた。 しかしすぐに 「シャーラップ!」 という、田並先生の十八番で潮が引いていくように静かになった。 241 :和菓子と洋菓子 [sage] :2007/05/05(土) 23 57 23 ID ZwzDwLr8 田並先生の授業は数学なので自分は得意なので、さっさと定位置に着き、テキストとノートを出した。 さっきみたいにクラスががやがやと落ち着かないときも、隣に座っている北方さんは、 我関せず、とでもいう感じだ。 彼女から必要に感じない話題で誰かに話しかけるということもそうそう無く、それゆえ相手からも敬遠されるのは仕方ないが、ああまで感情を表に出さず、年齢不相応に自分を確立している彼女に驚きを禁じえない。 彼女について考えることは今まで無かったのだが、思ったよりも身近なところに 驚きというものは存在しているものだと感心してしまう。 おお、いかんいかん。授業が上の空になってしまったではないか。 「この問題は今の解法の応用で簡単に解ける。というわけで、松本、おまえ解け。汚名返上だ!」 な、なんだってー! 予習復習をせずに授業に望むこと幾星霜。肝心の授業を聞いてもいないのに、それを解けるわけもない。 「はい、分かりません。」 クラスが僕の即答にどっと沸く。 「とか何とか言って、解けるはずだろ?早く解いたどうだね?」 冗談だと思ったらしく、先生も半ば冗談めかして返してくる。 いかん。手も足も出ない。 すると、唐突に隣に座っていた北方さんが、ツカツカと黒板の前に歩み出て行って、サラサラと問題を解き始めた。 腰まであろうかという瀬戸黒のつややかな髪が、細長く華奢な四肢が、抜けるような肌の白さが、 自然と僕の目を引いた。 って、何なんでしょうかね、今日の僕は実にだらしない。 北方さんはごくごく当たり前のことのように、そう流れる水が如く、無駄が無い解き方をして、 チョークを置くとまた静かに自分の席に戻っていった。 おお、クールだな。 242 :和菓子と洋菓子 [sage] :2007/05/05(土) 23 58 00 ID ZwzDwLr8 あまりにも突然に、思いもよらぬ人が思いもよらぬ行動をしたので、皆、呆気に取られて静まり返っている。 先生が気をとりなおして、「正解です。」と、いかにもとってつけたように言うが、全員無視。 おお、助かったな。危機一髪で棚から落ちた皿を全て割らずにすんだ、そんな感じだな。 なんて、人事のように納得していると、こちらに視線をあわせてきた北方さんがクスリと笑っていた。 なんだか、別の意味で怖かったぞ。借りができた、とかそんな事を考えているような、そんな感じ。 それから空中分解しまくって、訳が分からなくなった数学の授業が終わり、午前の日課、四時間は 読んでいるラノベの内容を反芻したり、アニメ版の内容と比較するという激務に費やすとあっという間に終わった。 そうすると、昼休みだ。うちの学校は掃除がないという殊勝な環境なので、 四十分間まるまる遊んでいるなり、食事をするなりすることができるのだ。 そういえば、理沙は遅刻しなかったのだろうか?まあ、何とかなっているだろうが。 帰ったら何をするものか、などと寝そべりながら考えていると、 隣の北方さんが机の上板をトントンと軽く叩いた。 「松本君、お昼、暇かしら?」 「まあ、見ての通り手持ち無沙汰ですが。」 いやはや、彼女としては普通に話しているのだろうが、なんだか気迫に押されているぞ、俺。 「・・・そう、それなら私とお昼食べない?もちろん、無理強いはしないわ。」 言葉は遠慮している内容であるが、能面とでもいうべき無表情が有無を言わせない気迫を醸し出している。 「ではご相伴させてもらいましょう。」 あれ、何で敬語?声は裏返らなかったが。 四限目が終わってからも教室でのろのろとしていたせいで、学食へ向かう人の波に乗り遅れたので、 席は十中八九取れないということが想像できたので、屋上で風に吹かれながら昼食を食べることにした。 とは言ったものの、食費すらゲームやラノベに使い込んで、エンゲル係数が大暴走している僕は断食することにした。 学食で何も買わずに屋上に上っていったので、北方さんはこちらを少し怪訝そうな顔で見ていたが、気にしない。 243 :和菓子と洋菓子 [sage] :2007/05/05(土) 23 58 38 ID ZwzDwLr8 屋上は本来、開放禁止になっているのだが、鍵がかけられていないので拘束力はないに等しい。 屋上の扉を開くと、柔らかな風を頬に感じた。 こんなに心地よいにもかかわらず、今日は先客はいないようでした。 いやはや、眺めの良い屋上でこうやって風に吹かれながら、というのもなかなか風流なものだ。 用意周到な北方さんはビニールシートを鞄から取り出し、手際よく広げそこに慎ましやかに座り、 僕にも座るように促してきた。 屋上から何を考えるでもなく、新緑を眺めていると、僕の目の前で北方さんはサンドイッチとサラダを広げだした。 クスクスと笑いながら、 「食べるものがないなら、これを一緒に食べましょう。」 と言って、割り箸を渡してきた。 月の半ば位から、昼食に食べるものが無いのが当たり前なこちらとしては、何よりありがたいものだ。 そして何よりもサンドイッチは僕の大好物なんですよ、これが。 「おお、ありがたやありがたや。」 「ふふ、金欠なのは分かるけど、ほどほどにしないと体調を崩すわよ。」 さっき機嫌を損ねたかと気になったけれども、そうでないようで少し安心した。 サンドイッチに舌鼓を打つ。 このサンドイッチの味付けはなかなか大したもので、買った出来合いのものとは一味違った。 実際、北方さんは学食でこのサンドイッチを買ったわけではないから、彼女の家の誰かが作ったのだろう。 「このサンドイッチ、誰が作ったの?北方さん?」 「ええ、それは私が作ったわ。味に自信はないのだけれど、どうだったかしら?」 「とてもおいしくできたと思うよ。」 すると、昨日彼女の家で見たような自然で嬉しそうな表情をしていた。 244 :和菓子と洋菓子 [sage] :2007/05/05(土) 23 59 16 ID ZwzDwLr8 そんな感じで楽しく雑談しながら昼食を取っていたのだが、数分後―。 「あれ、お兄ちゃんこんなところでどうしたの?」 「理沙、理沙こそ屋上に何か用でも?」 「うん、食堂が人で一杯だったから、屋上で食べようと思って。」 「なるほど、この時期の屋上は風が心地よいから、いい選択だな。」 「そうだね。お兄ちゃんこそどうしたの?私はお兄ちゃんと一緒に食べられるからうれしいんだけどね。」 「え、まあ・・・」 さすがに、飯の代金を使ってしまい何も食べられなくて、彼女に恵んでもらっている、とは言えないだろう。 ふと、横を見ると北方さんの表情は先程までのにこやかなそれとは、一変しており、いつものポーカーフェイスだった。 しかし、それにはわずかながら険があるように感じられた。 僕は何故、表情が激変したのか理解できずにいる。 理沙のほうも心なしか、表情を曇らせている。北方さんを意識しているのだろうか。 面識が無いはずの二人だから、まあ意識するのは当たり前なのだろうが、 そういった意識する、とは違ったより不穏な空気であるともとれなくはない。 まあ考えすぎか。 「お兄ちゃん、お兄ちゃんと一緒に居る人は何?」 理沙の声から温かみが感じられない。僕が誰か他の女の子といることを快く思っていないのだろう。 僕がどうしたものかと対応に困っていると、北方さんは理沙に向き直り、淡々と自己紹介を理沙にし始めた。 北方さんが自己紹介を終わらせると、理沙はふてくされたような声で口を開いた。 「ふーん、なるほど、北方先輩はお兄ちゃんのクラスメイトなんだ。 でも、普通のクラスメイトなら、それだけの理由で相手が異性なのに一緒に食事をするかな?」 「別にいいじゃないかしら?松本君、今日は昼食の準備してきてなかったみたいだし、私、小食だから彼に分けてあげてた、ただそれだけだわ。」 それとも迷惑だったかしら?と静かにこちらに切れ長な目を向ける。 「え、あ、まあ、そりゃ助かったよ。」 「どういたしまして。」 するとすぐに表情を崩し、ニコリと微笑みかけてきた。 が、それが気に障ったらしく、横でそれを見ていた理沙は舌打ちをはばからずにした。 245 :和菓子と洋菓子 [sage] :2007/05/06(日) 00 00 28 ID ZwzDwLr8 「お兄ちゃん。お金がないなら私に言ってよね。」 半ばふてくされた感じでそう言い出した。 「もし、そうしてくれれば、お兄ちゃんの分の昼食も作ってあげるからね。」 「私はね、お兄ちゃんのためなら努力は惜しまないよ。」 今度はどんなことを言い出すか、と身構えていたので、かえって拍子抜けしてしまった。 「あ、ああどうもありがとう。」 「お兄ちゃん、私、少し感情的になりすぎてたみたい。ごめんなさい。 北方先輩もお兄ちゃんに良かれと思ってしてくれたはずなのに、それを無にするようなことをしてごめんなさい。 私のことを許してくれる、北方先輩?」 北方さんは無言のまま、険のある目で理沙をみていたが、 その理沙はすぐに昼食を取らずに階段を降りていってしまった。 今日の昼食は成功だった、一部を除けばの話ではあるが。 というのも、私が作ってきたサンドイッチとサラダをあんなにもおいしそうに彼が食べてくれたから。 昨日の事であまり和食が好きではないのか、と思ったので私自身作ったことがないものだけれども、 サンドイッチを作ってみた。本来、私は薄味が好みなのだけれど、 彼の口に合うように少し調味料の量を多めにしてみた。 私は松本君はよほどおなかが空いていたのか、サンドイッチを受け取るとすぐに食べだした。 そんな彼の子供らしい所も私は好きだ。そんな無邪気な仕草や表情全てが私を和ませる。 反応が気になった私は松本君に気づかれないようにチラチラと視線を向けていたのだが、 彼は静かに黙々と食べ続けていた。 もしかしたら、慣れないことをして帰って不味いものを作ってしまったかもしれないという疑問がよぎった。 もしそうだとすれば、私は愚かなミスを二回も連続で繰り返すことになる。 『とてもおいしくできたと思うよ。』 その一言を聞けたときはそれが夢か何かのように感じられた。でも、それが夢であろうはずも無く、 現実のものとして半永久的に続くかのように喜びを噛み締めていた。 246 :和菓子と洋菓子 [sage] :2007/05/06(日) 00 01 16 ID V1BKRB24 彼はこの時期になると趣味にお金を使いすぎて食事に手が回らなくなる。 それは既に調査済みだったので、当然彼に昼食を食べさせないで、空腹に飢えさせるなんてするはずがない。 これからもあなただけの為にお弁当を作ってあげたい。 私以外の食事は彼にとっても私にとっても信用できないものだから。 そうよね、松本君? だから、普通の出来合いの食事ならまだしも、あんな子の作る汚染しかなさないゴミなんかを 摂らせるわけにはいかない。 いずれ彼の食生活についても探りを入れなければならないだろう。 それにしてもあの子、理沙と名乗った害毒。 私が松本君と楽しく食事しているにもかかわらず、無礼にもいきなり割り込んできて、 空気を乱すだけ乱していって、さっさと去っていく。 しかも狡猾にも形だけ謝って自分が折れてあげた、みたいな形にしてしまった。 悪いことをしたものはそれなりの罰を受けるのが当たり前なのに、それすらも臆面も無く逃れようとする。 なんという子だろう。さすがは厚顔無恥なパラサイトだ、というところかしら。 害毒がどうして普通に生活していけるのか、と奇怪に感じるが、これがいわゆる憎まれっ子世にはばかる、だろうか。 昨日の彼の痛々しいまでの話を聞いて、私が予想したレベルをはるかに上回るものであった。 あんな子が近くにいれば、松本君の苦痛は尋常じゃないだろう。 昨日も夜寝るときですら、松本君がどんな思いで針のむしろにいるだろうか、と気が気ではなかった。 それにしても、かわいそうなのは松本君。 でも、大丈夫。私の傍にいるときは、私はあなたにとってのオアシスになるのだから。 乾いた心を潤し、病や穢れを取り払う禊(みそぎ)のためのオアシスの水―。 彼が今まで私のオアシスだった、だから私も彼にとってのオアシスとなる、なんとすばらしいのだろう。 もっと彼に接近し病状を把握することが火急となる。 247 :和菓子と洋菓子 [sage] :2007/05/06(日) 00 02 01 ID ZwzDwLr8 「松本君?」 「北方さん、本当にうちの妹が失礼しました。もしかして、機嫌を悪くした?」 「大丈夫よ。さして気にしていないから。」 自分が悪いわけでもないのに、愚かな害毒のために謝って、それどころか、 こんな私の心配までしてくれるなんて、本当に松本君は優しい人、それだけで私は目頭が熱くなってきた。 しかし、このタイミングで泣いてしまっては松本君の優しさを無にしてしまうので、本題に入った。 「連続で悪いけれども、今日も放課後に私の家に来てくれないかしら?」 「あ、はい。」 「承諾してくれてうれしいわ。今日は茶菓子は洋菓子にしておくわね。」 「わざわざどうも。」 せっかく松本君に私の家に来ていただくのだから、喜んでもらいたい。 下調べが十分ではなかったから、害毒の友人に聞き込ませて、午前中に調べをつけておいた。 あの害毒を伝って流れてきた情報を使って、彼をもてなすことは非常に不本意な事だけれども仕方ない。 松本君にとって、が一番なのであって、私がどう感じるか、はそれと比べられるものではないのだから。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/2221.html
814 名前:ぽけもん 黒 25話 ◆/JZvv6pDUV8b [sage] 投稿日:2011/05/05(木) 23 10 45.86 ID Nn8VuQXE [2/9] シルバーが去ってしばらくした後、僕は大事なことに気づいた。 僕はどこで連絡を待てばいいんだ? 今いる丁子町は旅の順路から大きく外れている。 ポポの治療が終わるまではそれを言い訳に滞在できるけど、それもどれくらいかかるか分からない。 一日二日で治らない時点でよっぽど重症だったことはうかがえるが、ポケモンセンターの医療技術は異常と言ってもいいくらいだ、油断は出来ない。 治療が終わったなら順路に戻らなくてはならないわけだけど、例えば槐市や浅葱市にいたならともかく、海の向こうの丹波町にいた場合、連絡が入ってすぐに動くというのも難しくなる。 奴は僕の連絡先を知ってるけど、僕は奴の連絡先を知らない。 はあ…… 先ほど気づかなかったことに溜息が出てくる。 ……後悔しても後の祭りか。 とりあえず、ポケモンセンターに戻ろう。 「その前に、何があったのか、教えてよ」 「ポケモンセンターに戻ってから言うよ」 ベッドに腰掛け、香草さんとはぐれてから道中あったことを説明する。 「ゴールド、大丈夫なの!?」 通行所でのシルバーとの戦いのくだりで、香草さんは興奮した様子で聞いてきた。 「大丈夫だから今こうしてるんだよ」 「よかったぁ……そうよね、私ったら馬鹿みたい。ゴールドが危険な目に会ったって聞いたら頭が真っ白になっちゃって。あ、これはその……」 恥ずかしげにそう答える香草さんは、とても可愛かった。 そうして、香草さんは不安げな様子で僕の話を聞いていたが、最後まで話し終えると、はぁ、と息を吐いた。 そのまま、柔らかに僕に抱きつき、言う。 「ゴールド、その、い、生きててくれて、ありがと」 甘い香りがふわりと広がり、僕は照れくさい気持ちになった。 ガラ、とドアがスライドする音がする。 見ると、やどりさんがこちらに背を向けて、部屋から出て行くところだった。 「やどりさん、どうしたの?」 「……少し、席をっ……外す……」 彼女はか細い声でそう答えると、すたすたと去っていった。 僕はそんな彼女の様子を何も疑問に思わず、無言で見送った。 「後は香草さんも知ってのとおりだよ」 「うん、分かったわ。それでシルバーに対してあんな態度だったのね」 「……うん」 「……でもゴールド、シルバーの言うことをそのまま信用するのは……」 「分かってるって。でも、シルバーと関わればどの道ロケット団に関われるってのは間違いない。シルバーの言っていることが正しいのなら協力してロケット団を潰せばいいし、もし違うのなら、シルバーを倒してランを助けるだけだよ」 「……ゴールド、私、ゴールドが危険な目に会うのは、イヤよ……」 「大丈夫だって。……それに、もしもの時は、か、香草さんが守ってくれるんでしょ?」 恥ずかしくて二人とも顔が真っ赤になる。 「ねえ、ゴールド」 「何?」 彼女は太ももの上で落ち着かなさ気に両手を弄っている。 「そろそろ、香草さん、じゃなくて、な、名前で呼んで欲しいな」 「な、名前?」 確かに、いつもでも苗字にさん付けとは他人行儀かもしれない。 僕は誰にでも苗字にさん付けするのが基本だったから気にならなかった。 「べ、別に香草さん、って呼ばれるのが嫌って訳じゃないのよ? でも、折角だし……」 確かに、こ、恋人になったというのに、いつまでも名字にさん付けじゃ少し他人行儀かもしれない。 「そ、そうだね。じゃ、じゃあチコ……さん」 「……はぁ。さん付けはいらないのに」 「ご、ごめん」 「いいわよ。一歩前進したしね」 認めてもらえてよかった。 どうもまだ香草さんを呼び捨てにする気にはなれない。 これは今まで体に刻まれた恐怖のせい……いやいや、ただの照れと遠慮さ。きっとそうさ。 会話が途切れ、少し無言の時間が流れる。 窓の外を眺めていると、後頭部に強い視線が突き刺さりまくるのを感じる。 ここまで強い視線を感じると、多少振り返るのが怖くもある。 しかし視線責めに負け、振り返ると、香草さんは頬を染めて僕をじっと見ていた。 815 名前:ぽけもん 黒 25話 ◆/JZvv6pDUV8b [sage] 投稿日:2011/05/05(木) 23 11 45.12 ID Nn8VuQXE [3/9] 「どうかしたの?」 「ううん……幸せだなぁって思って」 こんな素直に感情を表されると、こっちが恥ずかしくなってしまう。 「そんな、大げさだよ」 「私、ゴールドと一緒にいれるってだけで胸がどきどきして……全身が熱くなって……でもとっても幸せな気分でね……ゴールドもそう思ってくれていたらいいなぁって思うの」 「も、もちろんだよ」 「ねえゴールド……」 「な、何?」 「キ、キス、して」 香草さんはそう言って目を閉じ、真っ赤になった自分の顔を突き出してきた。 自分の顔も赤くなるのが分かる。 僕はおずおずと距離を詰め、口付けを行った。 自分の唇に、独特の弾力のあるものが当たってるのが分かる。 そのまま離れようとした僕に香草さんが抱きつき、そのままついばむようなキスを数度重ねる。 慌てて薄目を開けると、ちょうど香草さんも離れた。 瞳は潤み、顔は赤く、唇は煌いている。 ものほしそうに唇に指を当て、はあ、と熱っぽい溜息を吐いて、口の周りを舐め取った。 様子、振る舞い、どれをとっても魔力と言ってもいいような色気に溢れていた。 僕は思わず唾を飲み下す。 僕は耐え切れず、香草さんを抱きしめ、唇を貪った。 数秒後、香草さんの動きが無いのに気づいて、正気に返った僕は慌てて離れた。 「ご、ごめん!」 香草さんは呆けたような顔で僕を見ていた。 「全然いやじゃなかったよ」 そのまま柔らかな笑みを作り、言う。 僕は頭がくらくらしてきた。気が遠くなりそうだ。 まったく自分が制御できていない。今にも香草さんに襲い掛かってしまいそうだ。 普段の僕なら手を繋ぐことも照れくさく思うのに。 いったい僕はどうしてしまったんだろう。 「ゴールド……」 彼女は両手で包むように僕の手を取り、それを自分の胸に導く。 僕はなされるがままだ。 「ほら、私の胸、こんなにどきどきしてる……ゴールドのこと好き好きって言ってるよ」 確かに、香草さんの胸からはドクドクという心臓の拍動が伝わってくる。 客観的に見ればただ繰り返す単調なリズムなのに、どうしてこんなにも愛おしく思えるんだろう。 お返しに、僕も香草さんの手を取り、自分の胸に当てる。 「僕も、こんなにドキドキしてる」 「本当ね」 彼女はそういうと、そのまま顔を僕の胸にうずめた。 僕はそれを包むように抱きしめる。 そうして、しばらく彼女の体温を感じていた。 突然、ガチャリという音がして、僕達は飛び上がった。 振り返ってみると、口の開いたリュックの中身がベッドから落ちただけだった。 ただそれだけのことなのに驚いたお互いが可笑しくて、どちらともなく笑いあった。 この度が始まってから、一番穏やかな時間が流れていた。 それから数日は毎日、朝から晩までこんな様子で過ごした。 部屋でイチャイチャしたり、町でデートしたり、とにかくベタベタしていた。 やどりさんは気を使ってくれているのだろう、毎日朝早く一人でどこかへ行き、夜遅くに帰ってきた。 一週間もした頃だろうか、香草さんのデートの最中、突然ポケギアが鳴った。 表示されるのは見覚えの無い番号。 少し身構え、それに出る。 「……もしもし」 「俺だ。奴らの狙いが分かった。奴ら、古賀根街のラジオ塔を占拠するつもりだ。 「ラジオ塔だって? 何のために?」 「知るか。とにかく、そういうことだ」 「待て、詳しい打ち合わせがしたい。古賀根街で一度会えないか?」 「……難しいな」 「それを何とかするのがお前の役目だろ。まさか、無策で突っ込む気かよ」 「いけないか?」 頭を抱えたくなった。 816 名前:ぽけもん 黒 25話 ◆/JZvv6pDUV8b [sage] 投稿日:2011/05/05(木) 23 12 23.57 ID Nn8VuQXE [4/9] 「いけないに決まってるだろ。まったく、お前は昔っから……とにかく、敵戦力とラジオ塔の見取り図、あとロケット団の細かい計画を調べてくれ」 「相変わらずお前は口ばっかだな」 「ブレインと言ってくれ」 「ギャハハハハハハ! ブレインはねーよ!」 そう言ってシルバーは大笑いしている。 電話を聞いてきた香草さんの眉がピクリと動くのが見えた。 ひとしきり笑った後、シルバーは苦しそうに話し出す。 「……あー、息が苦しくなるほど笑ったのは久々だ。やっぱお前面白れーわ」 「そりゃどうも」 「分かった、三日以内に古賀根街に来い。後は追って連絡する。それと、何か電話口で声を変える方法考えておいてくれ」 「声?」 「ランにお前の声を聞かれちゃまずいからな。声が違えば協力者ってことで誤魔化せるかもしれない。あ、だからって絶対に女は出すなよ? アイツ頭おかしいからな。もし俺が女と話そうものならもう手がつけられん」 なぜか電話越しのシルバーの声が急に老いたように思えた。 ……苦労してるのか。 「とにかく、そういうことで」 そう言うと、奴は一方的に電話を切った。 切れた電話を、僕はぼんやり眺める。 「ねえ……本当にやるの?」 香草さんが心配気に聞いてきた。 元々香草さんは乗り気でなかったもんな。 計画が現実味を帯びてくるにつれ、気は重くなる一方だろう。 「大丈夫だよ。ああ見えてもシルバーはできる奴なんだ」 「なら、ゴールドがいなくてもアイツ一人でいいじゃない!」 「……やっぱり放っておけないよ。昔っから考えるよりまず行動って奴だから」 「でも、ゴールドが危険な目に会うことは無いじゃない! シルバーなんかよりゴールドのほうがよっぽど大切よ!」 「香草さん、これは僕の問題でもあるんだよ。ロケット団を倒すことで、僕は過去にけりをつけたいんだ」 香草さんが悲しげに俯く。 彼女もきっと分かっているんだろう。 僕が過去に抱えている未練を。 五歳のあの日。 あんな事件さえなければ、今とはまるで違った日々があっただろう。 シルバーは家を失うこともなく、ランは親を失うこともなく。そうしてきっと今頃はシルバーとランも正式な旅の参加者で、僕とは互いにライバルとして切磋琢磨して、互いを高めあって…… でも、そんな未来は訪れなかった。 だから、ロケット団を倒すことで、過去を終わらせたいというのは僕の正直な気持ちだ。 だけど、それ以上に。 アイツは……シルバーは、ロケット団を倒したあと、どうするつもりなんだろう。 僕と同じように過去を清算して、それで先に進むのならいい。 アイツのしたことはたとえ犯罪者相手だとしても許されることではないけれど、僕はそれを裁くつもりは無い。 でも、アイツが計画を急ぐのは。 もしかしたら、アイツはロケット団相手に死ぬつもりじゃないか。 そう思えて不安なんだ。 生きて罪を償えとかそういうことじゃなく。 僕はアイツに死んでほしくなかった。 つい先日まで、自分で殺そうとしていた相手に死んで欲しくないと思うなんて滑稽かもしれないけどさ。 白々しさを覚えつつも、僕は俯く香草さんを抱きしめた。 彼女は僕により密着するように体を押し付け返してきた。 出発の準備を終えた僕は、ポポの容態を見に行った。 三日後と言われれば、今日中にはここを発ちたい。 もしポポが飛ぶことは無理でも、歩いて旅を出来る状態になければここに残しておくつもりだ。 女医さんに聞いたら、どうもまだここから動ける状態には無いらしい。 当然といえば当然だけど、少し心が痛む。 急用が出来たので一旦古賀根市に戻らなければならないといって、ポポをここにおいていく許可を取り付けた。 最後に一目彼女を見ておきたくて、看護婦さんにポポの病室まで案内してもらった。 ポポはちょうど胸まで毛布をかけて眠っていた。 彼女に直接話をしなくてすむことに、少し安心する自分が嫌になる。 817 名前:ぽけもん 黒 25話 ◆/JZvv6pDUV8b [sage] 投稿日:2011/05/05(木) 23 12 58.43 ID Nn8VuQXE [5/9] 肩が覗いているので、薄い水色をした患者衣に着替えているのが分かる。 毛布の上に翼は投げ出されていて、それには白い包帯が巻かれていた。 穏やかな顔で、安らかな寝息を立てる彼女を見て、少し涙ぐみそうになる。 こんな大怪我をさせてしまった。僕は本当にトレーナー失格だ。 そして、僕はそれでもこれからまた危険な場所に自ら赴こうとしている。 大切な人を巻き込んで。 トレーナどころか人間失格だ。 それでも、僕は進みたいんだ。 ごめん、そしてさよなら、ポポ。 全部終わったら、そしたら、皆が幸せになれる、そんな未来のために尽力しよう。 そう決意し、病室を後にした。 ポポを置いていくことを告げると、香草さんは少し嬉しそうだった。 すぐにポケモンセンターを後にした僕達三人は、ただひたすらに古賀根市を目指した。 日が暮れ、次の日が昇る頃には湖に突き当たった。 相変わらず水面は穏やかだ。 「やどりさん、お願いできる?」 「うん」 水に入るやどりさんに捕まろうとしたところで、 「ちょっと待った!」 と香草さんに止められた。 「どうしたのチコさん?」 「わざわざやどりに頼る必要なんて無いわよ。見てて」 彼女はそういうと、無数の蔦を出し、編み上げて湖の上に置いた。 その上に飛び乗ると、次から次へと蔦を出し、その上を歩く形で湖の上を歩いていく。 ええ? 自分から出ている蔦の上に乗って歩く? これって物理的におかしくないか? いやでも現に歩けてるし、おかしくないのか? 「ほら、はやく」 軽く混乱状態に陥った僕の手を取り、彼女はどんどん先に進む。 いやホントにどうなってんるんだこれ。 実際に歩けていながらも、自分が歩けていることが不思議でしょうがない。 「やどりさんも、この上歩いたら?」 「……いい」 僕がそういうと、彼女は顔を半ばまで水に沈め、ぶくぶくと泡を吐きながら泳ぐ。 自分の出番を奪われて拗ねてるんだろうか。 湖を踏破すると、今度は廃墟と化した通行所に突き当たった。 瓦礫が避けられ、一応通れるようになっている。 ここの景色を見たことで、数日前の悪夢が蘇ってくる。 まったく、あの後の僕は酷い有様だった。 「ここがランと戦ったって場所ね」 香草さんの言葉に、僕は無言で頷く。 「心配しなくても、ちゃんと勝つわよ、私は」 香草さんは自信満々に笑う。 相性がよろしくないんだから少しは心配して欲しいものだ。 何せ水すら消し飛ばすような熱だ。 植物がどうなるかなんて、周囲の黒変した木々を見れば明白だ。 少し想像してしまい、背筋に悪寒が走った。 「あ、もしかして、ゴールド、具合悪いの?」 憂鬱が表情に出ていたのだろうか、香草さんは途端に不安げに顔をゆがめて僕の顔を覗き込んでくる。 「ち、違うよ。ただちょっとこのときのことを思い出していただけだよ」 「そうね、あいつらはゴールドを傷つけたんだもんね、許せない」 「チコさん!」 「あ、ご、ごめんなさい。私ったらつい熱くなっちゃって……」 そういう香草さんは強く両手を握り締めていた。 「これだから、直情馬鹿は、困る」 毒を吐くやどりさんを睨むだけで済ませたのは香草さんに余裕があるからだろうか。 「あんな役立たず共と違って、私はちゃんとゴールドを守ってあげるからね」 あ、気のせいだった。 818 名前:ぽけもん 黒 25話 ◆/JZvv6pDUV8b [sage] 投稿日:2011/05/05(木) 23 13 51.23 ID Nn8VuQXE [6/9] しかし、ポケモンと人間の差はあるとはいえ、女の子達に守ってもらってばかりで、僕は本当に形無しだな。 ランに負けたことに関してはやどりさんも言い返せないらしく、悔しげな顔で黙っていた。 「チコさんもそんな言い方しない。それに、この辺を見れば分かるけど、彼女は本当に強いんだ。嘗めてかかっちゃ駄目だよ」 「ご、ごめんね、そんなつもりじゃ……」 おろおろと泣き出しそうになる彼女を軽く抱き、耳元で囁く。 「僕は僕より香草さんが傷つくほうがいやだよ」 ああ恥ずかしい。 しかし正直、彼女の情緒が不安定になるたびにこういう甘い台詞を吐くのも、それを受けて本当に可愛らしい反応をしてくれる香草さんを見るのも、まんざらじゃなかった。 こうしてイチャイチャしてたら槐市に着いた。 ここのポケモンセンターで一泊し、翌朝、早朝から古賀根市に向けて出発した。 香草さんはこの世のありとあらゆる全てに感謝しかねない勢いでご機嫌だが、やどりさんはもはやこの世界に朝は訪れないんじゃないかと錯覚するくらい暗い。 半ば死地に赴くのだから香草さんのテンションのほうが異常なのだが、やどりさんの低いテンションも正直なんとかしたい。 通行人がひぃっと短い悲鳴を上げていくのは多分気のせいじゃないはずだ。 夕暮れ前には古賀根市についた。 というか道中、野生のポケモンや動物に一切あわなかった。 何かよく分からない力でも働いているのか、それとも。 早々に宿を取ると、シルバーからの連絡を待った。 訂正しよう。香草さんとデートをしていた。 いやあ、のんびりするのも楽しいけど、こうやって街で遊ぶのも楽しいね。 僕は今まさに人生の春を謳歌しているよハハハ。 と、突然ポケギアが震えた。 まったく、折角のデート中に誰だよ、無粋な奴め。 苛立ちながら画面を見ると、見たことのない番号だ。 出ると、案の定シルバーだった。 そりゃシルバーならしょうがないよな。あいつはそういう奴だ。 おいおい、少しは空気ってものを読めないと女の子にもてないぜ? もちろん僕は勝者で余裕があるからその程度で目くじら立てたりしないけどさははは。 「ゴールドか?」 「ああ」 はあ。現実逃避のために少々おかしくなっていたテンションが急速に現実へと引き戻される。 「どうした? 禿げそうな声だして」 「うるさいな、どんな声だよ。それで何の用だ?」 僕は香草さんに目配せして、折角のデートが中断されたことを心の中で詫びた。 「お前が色々細かいこと言い出したから電話したんじゃねーか。それで、ちゃんと古賀根街にはついてるんだろうなあ?」 「当たり前だろ。時間が余りすぎてデートが出来るくらいだ」 「ははっ、デート? お前が? ありえねえ。相手がいねえだろ」 そう言って彼はまた大笑いしている。 「ふっ、若葉さんちのゴールドちゃんと言えばご近所でちょっとした有名人だったんだぜ? 僕の流し目一つで、女達は我が我がとお菓子を差し出して来たさ」 小さいころはかわいいかわいいと、そりゃあ持て囃されたものだ。……近所のおばちゃん方にだけど。 「すまん、その、なんつーか……悪かった」 「謝るなよ! それじゃ僕がまるで痛い人みたいじゃないか!」 「痛い人っつーか……いや、そういやお前と漫談してる暇は無いんだった」 「お前のせいだろ。つーか暇が無いって、そんなに計画は近いのか?」 「……いや、ランが、な」 シルバーの声が一気にトーンダウンする。もしかしてこれが彼が先ほど言った禿げそうな声ってやつなのか? 「……心中お察しするよ。というか、アレは何なんだ? どうしてあんなことになった?」 「俺が聞きてえ。お前幼馴染だろ、何かわかんねえのか。わかんねえだろうな、お前昔っから鈍かったからな」 「十年一緒に逃避行してて、それでもまだ分からないほど鈍い奴に言われたくねえよ」 「……お前、本当に大変だったんだぞ……大きな声じゃ言えないけどな……」 820 名前:ぽけもん 黒 25話 ◆/JZvv6pDUV8b [sage] 投稿日:2011/05/05(木) 23 14 27.86 ID Nn8VuQXE [7/9] シルバーの声は冗談っ気の無い真剣そのもののものだったけど、僕ははっきり言って事態を甘く見ていた。 端的に言えば、ランの狂気を嘗めていた。シルバーは正気を保って生きているだけで敢闘賞ものだということを理解していなかった。 「僕だって大変だったさ。それで、計画のほうはどうなんだ?」 「ああ、お前に言われたことは大体調べた。データ化してポケギアに送っとくから細かいことは勝手に考えろ」 「出来れば会って話がしたい」 「そりゃそうだが、どうも厳しそうだ。ランの目を誤魔化せる気がしない。計画の決行自体はまだ二週間近く先だから、もし機会があったらこっちから連絡する。送るデータに緊急時の連絡先を書いとくが、よほどのことが無い限り連絡するなよ。殺されるからな」 「誰が?」 「お前が、だよ」 「そんなこと……」 「言いたいことがあるのは分かるが、もう切るぞ。遅くとも二週間後に会おう」 彼はそれだけ言うと、一方的に電話を切ってしまった。多分リダイアルしても無駄だろう。 軽く溜息を吐いて振り返ると、香草さんが額に青筋を浮かべてこちらを見ていた。 「……どういうことよ……女達にモテモテだったって」 女達にモテモテ? 何のことだ? 僕は自慢じゃないが生まれてこの方女の子に囲まれてもてはやされるようなことは一度も無かったんだけどな。 「もしかして、さっきの冗談のこと?」 そこまで考えて、それに行き当たる。 冗談以外に誤解の仕様が無い言葉だと思ったんだけれど…… 「冗談? そ、そうよね! ゴールドが女にモテモテなわけ無いものね!」 彼女は引き攣っていた顔をパアッと綻ばせ、嬉々としてそう言う。 いや、確かに事実だけどそんな嬉しそうに言わなくても…… 「あ、ち、違うのよ。別にゴールドがもてなくて嬉しいとかそういうことじゃなくて、いや嬉しいんだけど、その、違うの!」 「大丈夫だよ、分かってるから。それに……」 「それに?」 「チコさんにだけもてれば、それで十分だよ」 彼女は顔を真っ赤にし、手を胸の前で震わせ、オロオロしている。 そしてそのまま何事かを呟きながらゆっくりと後ろに倒れていった。 「チコ!?」 倒れかける彼女を咄嗟に抱きかかえる。 「……しあわせすぎてしにそう」 彼女は平坦な口調でなにやらブツブツを言っている。 人々の視線が向けられているのが分かる。 さすがに公衆の面前でこれは恥ずかしい。 馬鹿ップル死ね! 照れ隠しにそんな自虐をして、その後しばらく香草さんとのデートを楽しみ、ポケモンセンターに帰還した。 やどりさんの姿はなく、ちょっと出かけてくるとの書置きがあった。 帰還するとすぐにポケギアに送られてきていたデータを展開し、考証する。 僕は冒頭から早速驚愕させられることになる。 一枚目の内部文書と思われる書類。 そこにはでかでかと、ラジオ塔乗っ取り計画、と主題が書かれていた。 821 名前:ぽけもん 黒 25話 ◆/JZvv6pDUV8b [sage] 投稿日:2011/05/05(木) 23 15 08.90 ID Nn8VuQXE [8/9] ラジオ塔とは古賀根市にシンボル的に聳え立っている電波塔兼番組製作所のことである。 ら、ラジオ塔乗っ取り? 二つの意味でびっくりだ。 一つは、大都会のシンボル的有名建造物を狙う大胆さ。 もう一つは、ラジオ塔を乗っ取る意義がまったく分からないことだ。 だってラジオ塔だよ? 兵器も道具もない。数年前のシルフカンパニー乗っ取りはまだ納得できたけど、ラジオ塔なんて乗っ取ったところで何が出来ると言うのか。日がな一日毒電波でも発し続ける気だろうか。 しかもこんな人目につく、人口の多い場所で。 人口が多ければ当然それを管理する人間の数も多い。シンプルに言えば、警官がたくさんいる。 しかもラジオ塔は目立つ。とっても目立つ。 まるで狙う意味が分からない。 すぐに嘘の情報を掴まされたんじゃないかと言う懸念が頭を過ぎる。 しかしその資料を読み進めるにつれ、恐怖で血の気がみるみる引いていった。 顔が青いと香草さんに心配されるほどだ。 あの集団頭痛事件はやっぱりロケット団の仕業だったらしい。 この資料によると、ロケット団はポケモンがある種の大域の電波から影響を受けることを発見していて、それについて研究を進めていたらしい。 その研究の成果がアレというわけだ。 全てのポケモンが一斉に行動不能になれば、当然人間社会は成り立たない。 そしてあのラジオ塔の電波が有効に届く範囲は国土の半分以上だ。 そこであの電波を流されたら…… 丁子町の再現が、全国規模で起こる。 社会がひっくり返ってしまう。 きっと、それが最終目的じゃないだろう。 狙いはおそらく、騒ぎに乗じた国の中枢機能の乗っ取り。 今この国は、喉元に刃を突きつけられたも同然だった。 電波がポケモンに影響を与えるなんて話、今まで聞いたことも無く、俄かには信じがたいだろう。 あの丁子町の件を知らなければ、だけど。 なんてことだ。 事態は、僕の想像よりもはるかに重大で広大だった。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/2047.html
348 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第十四話】 ◆AJg91T1vXs :2011/01/17(月) 09 58 28 ID WX6p2kPN 丘の上を包む静寂が、夜の帳が降りたことを告げている。 満月の薄明かりに照らされた屋敷の一室で、ジャンとルネは互いの身体を重ねていた。 「んっ……ちゅっ……はぁ……」 唇と唇が触れ合い、二人の舌が別の生き物であるかのようにして相手を求める。 ジャンの舌がルネの口に入り込み、不器用ながらもルネが懸命にそれに応える。 今、二人がいる場所は、他でもないルネの部屋にあるベッドの上だ。 互いに一糸纏わぬ姿のまま、その腕を相手の背に絡ませて抱き合っていた。 「ふぅ……」 ジャンがルネの唇から離れたとき、唾液が音を立てながら糸を引いて伸びた。 目の前では、ルネが名残惜しそうな顔をしながらも、どこか陶酔したような表情で見つめ返してくる。 甘く、溶けそうなまでに潤んだ瞳は、血を求めてジャンに迫ってきたときのそれとは別のものだ。 「ジャン……」 甘酸っぱい吐息を洩らしながら、ルネがジャンに懇願するような瞳を向けた。 そんな彼女に見つめられるだけで、ジャンは脳の奥までとろけてしまいそうな錯覚に陥る。 「なんだい、ルネ? やっぱり、ちょっと怖いのかい?」 「はい、少しは……。 ですが、私の初めては、ジャンにもらって欲しいのです。 私のことは気にせず、最後まで愛してください」 「ああ、わかったよ。 僕も、あまり上手くはないと思うけど……それでも、できる限り優しくするから」 そう言って、ジャンは再びルネのことを抱きしめた。 顔を首元に埋めるようにして、そのまま耳に軽く口づけをする。 突然、予想もしなかった場所を攻められて、ルネの身体が一瞬だけビクンと震えた。 「んっ……ジャン……。 そこは……」 「綺麗だよ、ルネ……。 君の肌は、誰よりも綺麗だ」 耳元で囁きながら、ジャンはルネの首筋を這うようにして、少しずつ下に向かって唇を動かして行く。 首から肩を通り、そして、彼女の胸元に広がる二つの白い丘の上まで。 「あっ……ふぁぁ……」 ジャンがその白い肌に唇をつける度に、ルネは甘い声を洩らして小さく喘いだ。 それが演技でないということは、肌を通して伝わる彼女の鼓動からもはっきりとわかる。 外の世界を知らないが故に、その感覚を極めて繊細かつ鋭敏なものにしてきたルネ。 普通の女性にとってはなんということのない行いであっても、彼女にとっては十分に激しい刺激となる。 初めての経験ということも相俟って、気持ちの高ぶりも際立っているのかもしれない。 349 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第十四話】 ◆AJg91T1vXs :2011/01/17(月) 10 00 07 ID WX6p2kPN (本当に綺麗だな……) ルネの肌からそっと唇を離し、ジャンはその身体を改めて眺めて思った。 雪のように白く、それでいて綿のように柔らかい彼女の身体は、とても人のものとは思えない。 繊細で、可憐で、それでいて高貴な純粋さも併せ持つ。 冬の日に舞い降りた雪の精と言っても過言ではないほどに、ルネの身体は穢れなき美しさを誇っていた。 唇の愛撫が終わってしまったことに、ルネが少しだけ切なそうな顔をしてジャンを見てきた。 その表情の前に、ジャンの心はますます激しく乱されてゆく。 ルネをもっと感じていたい。 ルネにも自分を感じて欲しい。 その想いのままに、ジャンはルネの小ぶりな胸にそっと手を乗せた。 年齢は十八を越えているはずだったが、その身体は十四歳の少女のままである。 案の定、ルネの胸はジャンの両手にすっぽりと収まり、微かに柔らかい感触が指を通じて伝わってきた。 そっと撫でるようにして、ジャンはルネの胸に置いた手を動かした。 未だ成熟しているとは言い難い胸だったが、それでも彼女の二つの膨らみは、吸いつくようにしてジャンの手の動きに応えた。 「んぅっ……!!」 二つの胸を寄せるようにして動かすと、ルネが眉根を寄せて身をよじった。 その表情に、ジャンは思わず胸に置いていた手を離してルネを見る。 「ごめん!! ちょっと、乱暴だったかな……」 「だ、大丈夫……ですわ……。 続けて……ください……」 痛みに耐えている、というような口調ではなかった。 それよりも、自分の中に込み上げて来る快楽を、どう表に出して良いのかわからずにいると言った方が正しかった。 再び胸元に目線を移し、ジャンはその丘の上にある小さな突起に指をかけた。 薄いピンク色をした桜の蕾のようなそれを親指で弾くと、その度にルネが小さく喘いで反応する。 350 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第十四話】 ◆AJg91T1vXs :2011/01/17(月) 10 01 59 ID WX6p2kPN このまま一気にルネと一つになってしまおうか。 そんな考えがジャンの頭をよぎったが、済んでのところで欲望を抑えた。 こうして男と身体を重ねることなど、ルネにとっては初めてのことなのだ。 ならば、ここで自分が焦ってはいけない。 もっと、ルネの身体を解してからでないと、彼女に不要な痛みと苦しみを与えることになる。 右の親指だけをそっと離し、代わりにジャンは、その白く可憐な丘の上にある蕾にそっと口づけた。 先端を舌で転がし、軽く吸うと、口の中にほんのりと甘い香りが広がってくる。 ルネがつけていた、百合の香りのする香水のものだ。 唇と舌でルネの胸にある突起を刺激しながら、ジャンは休めていた両手を再び動かし始める。 右手は優しく胸を揉みしだき、左手の指は蕾を摘まみ、それぞれがルネの身体に心地よい快感を与えてゆく。 一度に複数の場所を攻められて、ルネの気持ちも今までにない速度で高まっていった。 「あっ……やぁっ……そん……な……。 片方……ばかり……んぅっ……いじめ……ないで……」 左胸の突起だけを吸われ続けているからだろう。 徐々に荒くなる吐息に混じり、懇願するようにルネが口にする。 だが、ジャンもここまできて止めるつもりは毛頭なかった。 今までは優しく転がすように動かしていた左の指で、ルネの右胸の突起を軽く摘まむ。 同時に口の中に含んだ蕾に歯を立てて、固くなったそれを軽く甘噛みした。 「ひぅっ!!」 突然、強い刺激を与えられたことで、ルネが悲鳴にも似た叫び声を上げて身体を震わせた。 その瞬間を見逃さず、ジャンは左手を素早くルネの下半身に滑り込ませる。 まだ、先端に軽く触れただけだったが、その場所はジャンにもはっきりとわかるほどに温かいもので濡れていた。 「あっ……」 先ほどまでとは別の刺激が与えられたことで、ルネの顔が瞬く間に紅潮した。 今まで誰にも触らせず、また自分でも殆ど触ったことのないような場所に手を伸ばされたことで、ルネの鼓動は先ほどよりも更に激しくなってゆく。 「脚を開いてごらん……」 そう言いながら、ジャンは両手をルネの太腿に這わせると、そっと草むらを掻き分けるようにして脚を開いた。 雌鹿を思わせるような均整の取れた脚の間から、微かに赤味を帯びた花園が姿を見せる。 「恥ずかしいです、ジャン……。 そんなに……見つめないでください……」 耳の先まで赤くして、ルネが思わずジャンから瞳をそらした。 肌の色が白いだけに、その顔の色の変化もまたわかりやすい。 割れ目にそって指を這わせると、そこが微かに脈打っているのが感じられた。 他の部分と同じく、そこもまた雪のように白い。 先ほどまでの行為で刺激を受けたのか、その皮膚の奥がほんのりと赤く染まっている。 そっと、慈しむようにして、ジャンは自分の顔をルネの脚の間に埋める。 未だ何人も犯したことのない聖域は、外からの侵入を拒むようにしてぴっちりと閉じられていたが、その中からは確かに温かい欲望の証が溢れ出し、辺りをしっとりと濡らしていた。 351 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第十四話】 ◆AJg91T1vXs :2011/01/17(月) 10 03 06 ID WX6p2kPN 「きゃっ……!! だ、だめです……そんなところを……」 指だけでなく舌が秘所に触れたことで、ルネが驚きを顔に浮かべて飛び起きた。 が、すぐに下から這い上がって来るような快感が身体を襲い、再びベッドに背中を沈めた。 背骨を伝い、脳の奥まで響くような心地よい刺激が、徐々にルネの心を無防備なものにさせてゆく。 指と舌を交互に使い分け、ジャンはルネの最も敏感な部分を刺激していった。 その度にルネの吐息も激しさを増してゆき、終いには自ら腰を動かしてジャンの愛撫に応え始める。 決して意識してやっているわけではないのだろうが、本能的に身体が動いているようである。 自ら相手を求めているにも関わらず、その動きにいやらしいものは感じられない。 むしろ、彼女が自分の愛撫を受けて感じていることで、より一層愛おしい気持ちが増してくる。 「あっ……ふぁぁぁぁっ!!」 いつものルネからは想像できない、甘い叫びだった。 彼女の脚がジャンの頭を押さえつけるようにして閉じられ、その中央にある花弁から熱いものが流れ出た。 抱けば折れてしまいそうなほどにか細い身体を激しく震わせて、やがてルネは力尽きたようにして両手を投げ出す。 最後には、ジャンの頭を押さえていた両足も投げ出して、激しい呼吸と共に絶頂を迎えた。 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 352 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第十四話】 ◆AJg91T1vXs :2011/01/17(月) 10 04 22 ID WX6p2kPN 祭りの終わった宿場の一室で、リディは独り今日の誕生会の片づけをしていた。 酒場を覆っていた喧騒は既にない。 皆、それぞれがリディに祝辞を述べ、今は帰路についている頃である。 街の人達が自分を祝ってくれるのは、素直に嬉しく思えるものがあった。 昔、まだ家が貧しかった頃と比べると、とても信じられない光景だ。 こうして友人達を家に招きもてなすことができるのも、一重に今の生活が安定しているからだろう。 だが、そんな楽しげな会場においても、リディは始終上の空だった。 人から話しかけられればそれに答えたが、自分から何かを話すようなことはしなかった。 主催者としてはもう少し明るく振舞ってもよかったような気がするが、今日はあれが限界だ。 あの時の笑顔など、所詮は今のリディにとって空元気でしかないのだから。 (ジャン……遅いなぁ……) パーティーの会場に、リディが本当に祝って欲しいと思っていた人物の姿はなかった。 夜になれば帰って来ると思い待っていたものの、結局は祭りの方が先に終わってしまった。 とうとう最後までジャンが戻らないまま、パーティーは終了して今に至るというわけである。 ジャンの帰りが遅くなったのは、今に始まったことではない。 新しく診なければならない患者が増えたらしく、最近は宿場にも寝に帰っているようなものだ。 だが、それでも、とリディは思う。 今朝、街で出会った、ジャンと一緒に歩いていた少女。 黒い衣服に全身を包み、雪のように白い肌と白金色の髪の毛、そして赤い瞳が印象深かった少女のことが思い出される。 あの時、ジャンと一緒に歩いていた少女――――名前は、確かルネとか言ったか――――は、その瞳にとても嬉しそうな光を湛えていた。 黒いレース越しからもはっきりとわかるほどに、その目は明るく輝いていた。 ルネの瞳の輝きが意味するもの。 リディとて、それが何かわからないわけではない。 自分もまた、ジャンと一緒にいるときは、あのような光を瞳に宿していたはずなのだから。 あの娘は、きっとジャンのことが好きなのだろう。 初対面ではあったものの、リディにもそれはすぐにわかった。 ジャンはあくまで患者だと言っていたが、少なくとも、向こうはそう思っていないはずだ。 想像が、どんどん悪い方へと向かってゆく。 自分と一緒にいる時間を削ってまでして、ジャンが他の女と一緒にいる。 そう考えただけで、相手の女に対して引き裂いても飽き足らない程の憎しみを覚えてしまう自分がいる。 (やだな、私……。 こんな気持ちをジャンに知られたら……きっと、ますます嫌われちゃうんだろうな……) 食器を洗うのを終え、リディは厨房に置かれた大皿の一つに目をやった。 そこにはジャンのために作られたチキンの丸焼きが、未だ手つかずの状態でひっそりと佇んでいた。 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 353 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第十四話】 ◆AJg91T1vXs :2011/01/17(月) 10 05 38 ID WX6p2kPN 淡い月明かりの射し込む部屋で、ジャンは自分の傍らにいるルネの肩にそっと手を回した。 そのままこちらに抱きよせると、ルネもその手をジャンの胸の上に回して体重を預けて来る。 「大丈夫かい、ルネ。 少しは落ち着いたかな?」 「はい……。 でも……なんだか、申し訳ないですわ。 私はジャンに愛していただくばかりで、一人で先に果ててしまったのですから……」 恥じらうような仕草を交えながら、ルネは気まずそうにして言った。 だが、ジャンはそんな彼女の言葉に答えない。 代わりに腕をルネの頭に回すと、やや強引にそれを自分の方へと向けて唇を重ねた。 「んっ……ちゅっ……んふぅ……」 ともすれば無理やりに奪ったと思われるような形の口づけであったが、それでもルネは拒まなかった。 むしろ、貪欲なまでにジャンの舌を求め、自分の舌を絡ませようとしてくる。 ひとたび一線を越えてしまえば、ルネにも躊躇いというものはなくなりつつあるようだった。 唇と舌でルネの求めに応じながら、ジャンは再び彼女の秘部へと手を伸ばす。 柔らかく、それでいて熱い部分に触れると、早くもその奥から温かいものが溢れてきた。 先ほど果てたばかりだというのに、ルネの欲望には底というものがないのか。 そんなことを思いながら指を動かすと、濡れた音が徐々に大きくなってゆく。 (もう、大丈夫かな……) ルネの身体が十分に解れたと感じ、ジャンはそっと彼女の中から指を引き抜いた。 そして、その身体から一旦離れると、寝ているままのルネの脚をそっと開く。 「ルネ……。 そろそろ、いいかな?」 「はい……。 でも……優しくお願いしますね……」 「ああ、努力するよ」 口ではそう言ってみたものの、当のジャンにも自信はなかった。 女性と肉体関係を持ったことがないわけではなかったが、ルネのような処女を相手にするのは初めてだ。 気のせいか、ルネと同じく自分の方も緊張して身体が強張っている感じがする。 既にジャンのものは、今までの行為によってしっかりと屹立していた。 その先端をルネの閉じられた花弁に宛がうと、ルネが眉根を寄せて反応する。 「んっ……くぅっ……」 ベッドのシーツを両手で握り締め、ルネが耐えるような表情を見せた。 やはり、初めてなだけにきついのだろう。 ルネの中に自分のものを挿し入れたジャンにも、それは痛いほどよくわかる。 現に、ルネの中はジャンが今までに抱いたどの女性のものよりも狭く、彼の侵入を拒むようにして執拗に締めつけてきた。 それでもなんとか半分ほどを入れたとき、今まで耐えていただけのルネに明らかな変化が見られた。 354 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第十四話】 ◆AJg91T1vXs :2011/01/17(月) 10 07 01 ID WX6p2kPN 「あっ……痛っ!!」 奥にある、しっかりと張られた幕のような部分に到達した瞬間、ルネが声を上げて身をよじった。 だが、ここを突き抜けないことには、ルネと本当の意味で一つになることはできない。 目の前で痛みに耐えている少女を見るのは辛かったが、それでもジャンは気を取り直し、優しくルネに語りかける。 できるだけ怯えさせないように、初めて会ったあの日のような、柔らかく穏やかな表情で。 「ごめん、ルネ。 痛いのは最初だけだから……少しだけ、我慢してくれるかい?」 「は、はい……」 「でも……それでも辛かったら、すぐに抜くよ。 だから、無理はしないでくれ」 「大丈夫……です……。 私は平気ですから……最後まで……してください……」 大丈夫なわけがない。 ルネの赤い瞳は涙で濡れていたし、明らかに痛みに声が震えている。 このまま強引に貫いたところで、ルネにとっては苦しいだけだろう。 息を深く吸い、それを吐くようルネに言って、ジャンは少しずつ彼女の中に入っていった。 甘く、温かい息が漏れる度に、中の締めつけが一瞬だけ弱くなる。 その呼吸に合わせるようにして、ジャンのものがルネの奥を貫いてゆく。 そして、一番奥でこちらを押し返しているような部分を突き抜けたとき、二人の身体は根元から一つに繋がった。 「あうっ……!!」 ルネの中の締め付けが、一段と強くなった。 ここまで強いと、中に入れているジャンの方でさえも痛みを感じてしまうほどだ。 未だ堪えるような表情で震えているルネの頭を撫でながら、ジャンはそっと下の方へと目をやった。 二人の繋がった部分からは微かに赤い雫が垂れており、破瓜の証が脚を伝わって、シーツの上にも落ちていた。 そっと慈しむようにして、ジャンはルネのことを優しく抱いた。 初めは痛みに震えていたルネだったが、その呼吸も徐々に落ち着いてくる。 「ルネ……。 そろそろ動くよ」 頃合を見計らって、ジャンはルネにそう告げた。 ルネはそれに、無言のまま頷いて答える。 そして、ルネの中に入っているものを半分ほどまで引き抜くと、再び腰を前に動かして彼女の中を突いた。 355 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第十四話】 ◆AJg91T1vXs :2011/01/17(月) 10 16 08 ID WX6p2kPN 「あっ……んんっ……」 ジャンの腰の動きに合わせ、ルネが悶えるように身をよじる。 まだ、痛みが残っているのだろう。 少しでもルネの気がまぎれるように、ジャンは時にその胸を撫で、時に唇を重ね、彼女の痛みを和らげようと努めた。 「やっ……はっ……あんっ……!!」 初めは拒むような動きしか示さなかったルネの中が、徐々に熱を帯びてきた。 それはジャンを内側へと導く扇情的なものに代わり、心地よい締め付けがジャンのものを刺激する。 柔らかい壁がルネの甘い声に合わせて蠢くと、それだけでジャンもまた身体の芯から溶かされてしまいそうな錯覚に陥ってゆく。 「ふぁぁ……だめ……です……。 私……このまま……壊れて……」 そう言いながらも、ルネの中は更にジャンのことを締めつけてくる。 両腕をジャンの首に絡ませ、ひたすらにジャンのことを受け入れた。 このままでは、こちらも数分ともちそうにない。 そう思ったジャンは腰の動きを早めると、一気にルネの中にあるものを抜こうとした。 いくら愛しているからとはいえ、いきなり中に出すのはまずい。 甘い空気に理性を奪われていたものの、そのくらいの分別は残していた。 だが、そんなジャンの考えとは裏腹に、ルネはその脚をしっかりとジャンの腰に絡みつかせてきた。 あの華奢な身体のどこにそんな力があったのか。 そう思わせるほどに強く、ルネはジャンにしがみついてくる。 「だ、だめだよ、ルネ……!! いくらなんでも、中は……」 慌ててルネから離れようとしたジャンだったが、当のルネはまったく聞いていない様子だった。 ルネの手と足はジャンの身体にしっかりと絡みつき、彼女の中もまた、ジャンのものを捕えて離さない。 「んんっ……!?」 ジャンの唇に、ルネがその唇を重ねてきた。 最初、自分の血を口移しで飲ませたときのように、しっかりと吸いついて逃さない。 両手と両足、それに上と下の口で押さえつけられ、ジャンはルネの身体から離れようにも離れられなかった。 断続的に襲ってくる下の締め付けは更に激しさを増し、自分でも抑えが効かなくなってきているのがジャンにもわかる。 「んふっ……あぁぁぁぁっ!!」 「うっ……くぅっ……」 ルネが唇を離して叫ぶのと、ジャンが身体を震わせるのが同時だった。 二人は時を同じくして達し、ジャンは自分の中にあった欲望が、全てルネの中に注ぎ込まれてゆくのを感じていた。 356 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第十四話】 ◆AJg91T1vXs :2011/01/17(月) 10 17 31 ID WX6p2kPN 「はぁ……はぁ……はぁ……」 お互いに息を荒げたまま、二人は重なるようにしてベッドの上に崩れ落ちた。 既に二人とも絶頂を迎えていたが、未だ繋がったまま離れようとはしなかった。 自分の身体の下にルネの柔らかな胸の感触を感じながら、ジャンは少しずつ呼吸を落ちつけていった。 途中、ルネの白金色の髪に手を伸ばし、それに指を絡めて梳かすように撫でる。 耳を伝わり頬の辺りまで撫でてやると、ルネは恍惚したような表情のまま、ジャンにそっと微笑み返した。 どれくらい、そうしていただろうか。 互いに昂奮が納まった後、ジャンとルネはようやくその身体を離して横に並んだ。 ふと、ジャンが先ほどまで行為に及んでいた場所を見ると、そこには破瓜の証が既に茶色く固まった状態で残っていた。 「大丈夫かい、ルネ。 痛かっただろう?」 「はい、最初は……。 ですが、今はもう平気ですわ。 私の血が固まりやすいのは、ジャンも御存じでしょう? それに……最後は私も……とてもよくしていただけましたから……」 ほんのりと顔を赤らめながら、ルネが恥ずかしそうにして言った。 行為の最中は時に激しく乱れるようなことがあっても、終わった後に思いだすと、やはり少しだけ恥じらいが残るようだ。 「でも……今日は、本当にごめん。 君にとっては初めてなのに……僕が自分を抑えられないで、中に出したりして」 ジャンが、申し訳なさそうにルネを見た。 確かにルネはジャンに愛して欲しいと言ったが、中に出せば子を孕んでしまう可能性もある。 ルネがそこまで望んでいるのかも確かめずに中で果ててしまったことが、少しばかり後ろめたい。 ところが、そんなジャンの思いとは反対に、ルネは幾分か済ました顔に戻って彼を見た。 そして、ジャンの腕にそっと自分の手を絡ませると、甘えるような視線を送りながら話しかけてくる。 「私の身体のことなら大丈夫です。 幸い、今日はそこまで危ない日ではありませんでしたから。 それに、一度抱いたからといって、必ずしも子を授かるというわけでもないのでしょう?」 「まあ、それはそうだけど……。 でも、それでもやっぱり、今日のことは二人の秘密にしないといけないかな? 養子とはいえ……さすがに父親の許可も得ずに娘を抱いたなんてことが伯爵に知れたら、僕だってただじゃ済みそうにないしね」 「それも心配は要りません。 お父様は、ジャンのことをいたく気に入られておりますもの。 ジャンのお気持ちさえしっかりしているのであれば、何も責められることはないはずです」 「なるほど……。 僕の……気持ちか……」 357 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第十四話】 ◆AJg91T1vXs :2011/01/17(月) 10 18 25 ID WX6p2kPN どこか遠い場所を眺めるような目で、ジャンは部屋の天井をぼうっと見ながら言った。 自分はルネのことを愛している。 それは、紛れもない事実だろう。 初めは単なる患者としてしか診ていなかったが、今ではより正直な気持ちで自分の中にある感情とも向き合える。 ルネがジャンのことを求めていたように、ジャン自身もどこかでルネのことを求めていたのだ。 父親の業に発端を成す後ろ暗い過去を背負い、各地を逃げるように放浪してきた自分。 そんな自分に対して何の偏見も持たずに近づいて来てくれたルネの純粋さに、いつしかジャンは強く惹かれるようになっていた。 「僕の気持ちは一つだよ。 ルネ……君と、ずっと一緒にいたい。 できることなら、君のお父様の許しも得て、きちんとした交際をさせてもらいたいよ」 おこがましい願いだということは、ジャンにもわかっていた。 ルネと自分では身分も立場も違い過ぎる。 そうわかっていても、ルネに対する気持ちを捨てることなどできそうにない。 「嬉しいですわ、ジャンにそう言っていただけて……」 肩の近くに置かれた頭を少しだけ持ち上げ、ルネが上目づかいにジャンを見て言った。 その顔には柔らかな笑顔が浮かんでいたが、同時にその赤い瞳には、どこか寂しさのような影も見て取れた。 「ジャン……。 今のお父様は優しい方ですが……それでも、本当の私の父ではありません。 私には、本当に血の繋がった家族と呼べる者は、もうどこにもいないのです。 今も、そしてこれからも……この命が続く限り、永遠に……」 「ルネ……」 「ですから……せめて、自分の愛する方とは、深く、強く繋がっていたいのです……。 このような私の愛は、やはり重いですか……?」 ルネの懇願するような瞳がジャンに向けられた。 ジャンはそれに言葉で返すことはなく、代わりにルネの頭をそっと撫でた。 そのまま彼女が自分の上にくるようにして、か細く、しかし柔らかい身体を優しく抱きしめる。 ≪これから先、もしも私が亡くなれば、ルネに寂しい思いをさせることになる≫ 今日、街から戻ってきたジャンに、テオドール伯が言った言葉が蘇ってきた。 ≪そうなったとき、君には私の代わりとなって、ルネを支えて欲しいと思ったのだがね≫ 伯爵は自分の代わりとなり、ジャンにルネを支えて欲しいと言った。 その言葉の意味はいかようにも捉えることができたが、今のジャンにはルネを支えるための術は一つしか見つからなかった。 358 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第十四話】 ◆AJg91T1vXs :2011/01/17(月) 10 34 09 ID WX6p2kPN 「重たくなんかないよ……」 顔の先と先を触れるほどに近づけて、ジャンはルネに囁いた。 「僕も君を離したくない。 だから、今夜はずっと君と一緒にいるよ。 そして……明日、君のお父様に、きちんとお話しないとね」 「ジャン……ありがとうございます!!」 ルネの赤い瞳が、ぼんやりと涙で滲んだ。 それは、痛みや悲しみから流す涙ではない。 ジャンが自分のことを受け入れてくれたと改めて感じ、高まる気持ちが抑えきれなくなってのことだ。 互いの胸と胸を合わせ、ジャンとルネはその奥にある鼓動を感じていた。 先ほど果てたばかりだというのに、再び身体の奥から熱いものが込み上げて来る。 感情のままに、ジャンとルネは互いの唇を重ねて抱き合った。 いつしか月さえも雲の影に隠れ、世界は漆黒の闇に包まれている。 が、それでも二人の気持ちは何ら冷めることはなく、夜の帳の下、深く激しく繋がっていた。 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 359 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第十四話】 ◆AJg91T1vXs :2011/01/17(月) 10 34 42 ID WX6p2kPN 眠りについた街の中、ぼんやりと明かりの灯る一つの建物があった。 古く、しかし手入れの行き届いたその建物は、リディの経営する彼女の宿場である。 宿場の食堂で、リディは料理の並んだテーブルに独りついていた。 テーブルの中央にある燭台の蝋燭が彼女の顔を照らし、部屋全体を淡いオレンジの光で包んでいる。 料理と共に並べられたワイングラスには血のように赤いワインが注がれ、彼女の顔をその中に映し出していた。 彼女の席の向かい側には、同じようにして並べられた食器とワイングラスがあった。 だが、その席に座るはずの者はそこになく、ただ静寂だけが部屋を包んでいる。 「ねえ、ジャン……。 私……今日、誕生日だったんだよ……」 自分の他に誰もいないにも関わらず、リディは向かいの席にいる相手に語りかけるようにして呟いた。 その声にはどこか生気がなく、目には淀んだ影を宿している。 「だから……今日は街の皆を呼んで、たくさんお祝いしてもらっちゃったんだ。 私の作った料理……皆、美味しいって言ってくれたんだよ……」 答える者などいない。 そのはずなのに、リディは自分の前に誰かがいるかのようにして語り続けることを止めない。 時折、彼女の吐き出す息で、燭台の蝋燭の火がゆらりと震える。 「ジャンも……私の料理、美味しいって思う……? うん……うん……そうだよね……。 だって……私、いっぱい練習したんだもの……。 宿のお客さんに美味しい物を食べてもらいたいっていうのもあったけど……本当は、いつかジャンが戻ってきたときに、私の作った料理を美味しく食べてもらいたかったから……」 ふっと乾いた笑みを浮かべながら、リディは少しだけ恥ずかしそうにして顔を斜めに向けた。 まるで、目の前にいる見えない誰かが、彼女に熱い視線を送ってきているかのようにして。 「私……昔の貧乏だったころは、こうやってジャンを呼んでお祝いしてもらうこともできなかったよね……。 でも……今は、自分の誕生日に人を呼べるくらいにまで、頑張ってお金も貯めたんだよ……。 ジャン……こんな私、誉めて……くれるかな……?」 最後の方は照れ臭そうにしながらも、リディは薄明かりの中で語り続ける。 宿場の客は既に寝静まり、階下で酒場を営んでいる夫婦もまた同じこと。 そんな中、誰一人いない食堂で、リディは延々といない誰かに話し続けた。 それこそ、何かにとり憑かれたかのようにして、彼女の口からは次々と想いが言葉になり溢れ出て来る。 「あはは……嬉しいな。 ジャンに誉めてもらえるだけで、私はとっても幸せだよ……。 私、ジャンが側にいてくれるなら、他になんにも要らないから……」 眠りについた宿場の中で、奇妙な会話が続けられる。 相手もおらず、返事もないにも関わらず、リディは明け方近くまで蝋燭を前に話し続けることを止めなかった。